監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
2025年6月、社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のため、年金制度改正法案が可決されました。主な改正内容として「社会保険の加入対象の拡大」「在職老齢年金の見直し」「遺族年金の見直し」「保険料や年金額の計算に使う賃金の上限の引き上げ」の4本柱が実施されます。今回の改正で障害年金への影響は限定的で、「その他の見直し」として直近1年要件の10年延長のみが法改正に盛り込まれました。
本記事では、今回の障害年金における改正内容を、改正に向けて議論されたトピックも含めて解説します。
2025年金改革で障害年金が議論される背景
働き方の多様化や精神障害の増加などの社会状況の変化に対して、現在の障害年金制度がマッチしていないという指摘があります。
受給の内容は、外部障害(身体障害等)から内部障害や特に精神障害へと割合が変化。症状が変化したり、発病と初診日が一致しないケースも増えています。
就労が可能なケースも増え、給与水準との関係を見直す必要があります。物価高から給付額引き上げについても議論が必要です。
このような中、「障害年金制度」に関する課題が議論が重ねられています。
出典:厚生労働省|社会保障審議会(年金部会)(第17回2024年7月30日:遺族年金制度について、第6回2023年7月28日:遺族年金制度について)
障害年金とは?概要
障害年金は、病気やけがで生活や仕事に大きな制限がされるようになった場合、一定の要件を満たせば支給される公的年金です。「障害基礎年金(国民年金)」と「障害厚生年金(厚生年金)」があり、病気やけがで医師の診療を受けたときに加入していた年金制度に請求できます。
障害年金の支給対象
障害基礎年金では、初診日が国民年金加入期間中、20歳前、または日本国内に住んでいる60歳以上65歳未満の年金制度非加入期間中にある場合で、支給条件を満たすと受給対象となります。
障害厚生年金では、厚生年金保険の被保険者である間に初診日のある場合で支給の条件を満たすと受給されます。
出典:日本年金機構|障害年金
出典:日本年金機構|障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額
障害年金の目的
障害年金は、病気やけがで日常生活や仕事に大きな支障が出た場合に、生活を支えるために支給される年金です。通常は高齢になってから困難になる就労が、病気やけがで若いうちから困難になった場合の生活費を補うことが目的です。そのため、障害厚生年金では働きながら受給できるケースもあります。
障害年金の対象となる病気やけがの具体例
視覚障害、聴覚障害、肢体不自由といった障害だけでなく、以下のような誰にでも起こり得る病気やけがも障害年金の対象です。
- がん、脳梗塞、糖尿病、心筋梗塞、慢性腎不全、人工透析
- 人工肛門、リウマチ、手足切断、事故によるけが
- うつ病、統合失調症などの精神疾患
特に近年では精神障害による受給が増加しています。
出典:政府広報オンライン|障害年金の制度をご存じですか?がんや糖尿病など内部疾患のかたも対象です
障害年金の種類と該当する状態
障害年金は、初診日に加入していた年金制度によって種類が決まります。初診日が厚生年金加入中であれば障害基礎年金と障害厚生年金の両方が、国民年金加入中であれば障害基礎年金が支給されます。
- 障害基礎年金:国民年金から支給。1級・2級が対象。
- 障害厚生年金:厚生年金から支給。1級・2級・3級が対象(3級は障害厚生年金のみ)。
等級は1級が最も重く、2級、3級となるにつれて軽くなります。
1級: 他人の介助を受けなければ日常生活のことがほとんどできない状態
2級: 必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は極めて困難で、労働によって収入を得ることができない状態
3級: 労働が著しい制限を受ける、または労働に著しい制限を加えることを必要とする状態
出典:日本年金機構|障害年金
出典:日本年金機構|障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額
2025年度の障害年金額
2025年度の障害年金額は以下のとおりです。障害年金の金額は年度により物価を反映して変わります。令和7年4月から令和8年3月までは、前年度より1.9%引き上げられました。障害基礎年金は金額が定められていますが、障害厚生年金は人によって金額が変わるのが特徴です。
【令和7年度(2025年4月~2026年3月)の障害年金額】(昭和31年4月2日以後生まれた方)
障害基礎年金(国民年金) | 障害厚生年金(厚生年金) | |
1級 | 1,039,625円+子の加算額 |
報酬比例の年金額×1.25+配偶者の加給年金額 |
2級 | 831,700円+子の加算額 |
報酬比例の年金額+配偶者の加給年金額 |
3級 | - | 報酬比例の年金額(最低保証623,800 円) |
・子の加算:2人目まで1人につき239,300円、3人目以降1人につき79,800円
・配偶者加給年金額:239,300円(65歳未満の配偶者がいる場合)
出典:日本年金機構|障害基礎年金の受給要件・請求時期・年金額
出典:日本年金機構|障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額
2025年金改革「障害年金制度」改正!議論のポイント
2024年7月30日開催の「第17回社会保障審議会年金部会」において、障害年金制度の見直しが検討されました。議論は「障害年金制度の見直しについて(厚生労働省)」にまとめられています。これらの内容を参考に、2025年6月13日に成立した年金制度改革法案への反映状況を見ていきます。
直近1年要件の10年延長(年金改革法案反映◎)
障害厚生年金の受給では、初診日がある月の前々月までに「保険料免除期間と保険料納付期間が3分の2以上あること」が原則です。特例として令和8年4月1日以前に初診日がある場合は、「初診日において65歳未満で、初診日の前々月までの直近1年間に未納がなければ給付要件を満たす」という救済措置がありました。
今回この特例がさらに10年延長され、令和18年3月末まで引き続き直近1年間の納付状況による救済措置が維持されます。企業としては、特に新卒従業員に対して入社のタイミングで「最低限直近1年の保険料納付継続」の重要性を説明し続けることができます。年金の納付状況が心配な場合は、年金事務所や「ねんきんネット」で記録の照会が可能です。
出典:厚生労働省|社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案の概要
初診日要件・延長保護(年金改革法案反映なし)
初診日が厚生年金加入中でないと障害厚生年金が受給できない現行制度について、退職直後の初診日や長期間厚生年金に加入していたケースへの救済拡大が検討されました。
現在の保険事故の発生時点を初診日とする方針は維持しつつ、被保険者資格喪失後も一定期間は厚生年金の対象とする「延長保護」や、長期納付者への特例(長期要件)が必要だと指摘されました。
しかし、この議論は今回の法案への反映が見送られており、次期制度改正での検討課題となる可能性があります。
事後重症の支給開始時期の見直し(年金改革法案反映なし)
現在、障害認定日に障害等級に該当しない場合でも、その後症状が悪化して65歳までに該当すれば請求日の翌月から受給されます。
この制度については、診断書で障害等級に該当した日が確定できる場合は、該当時点まで遡って支給開始できるかが検討されました。
実現すれば、従業員がより早期から年金を受給できる可能性がありましたが、今回は見送られました。
障害年金受給者の国民年金保険料免除の見直し(年金改革法案反映なし)
障害年金を受給している間は国民年金保険料が免除されますが、その期間が将来の老齢基礎年金の計算に反映されないことが課題でした。障害基礎年金が支給停止になった後、老齢基礎年金が減額されてしまう可能性があります。そこで、障害年金受給中の保険料免除期間も、保険料を納めた期間と同じように扱うべきではないかという議論がされています。
仮に国民年金保険料免除期間を保険料納付済期間と同じ扱いとすると、65歳以降に支給される老齢基礎年金が増えることになります。
障害を持つ方の年金額が増える議論でしたが、現時点では現行制度が継続となりました。
障害年金と就労収入の調整(年金改革法案反映なし)
障害年金は就労して収入を得ても、原則としてすぐに支給停止や減額とはなりません。ただし、障害の種別によっては就労状況によって等級変更され打ち切りになる可能性があります。
在職老齢年金では一定額以上の収入で年金が減額されますが、障害年金にはそうした一律の所得制限がありません。今後は障害年金と就労収入のバランスや所得制限導入の是非について、障害の個別性を踏まえた検討が必要とされていますが、今回は制度変更が見送られました。
企業が障害年金制度を把握する重要性
障害年金は就労が難しくなった場合に、従業員やその家族にとってセーフティーネットの役割を果たす大切な制度です。
今回の改正により、保険料納付要件の救済措置が延長されました。現行制度では、就業中の初診日であれば障害厚生年金の請求対象となります。初診日の前々月までの直近1年間に厚生年金保険料を納めていることなど、保険料納付要件を満たしている場合に給付対象となるため、適切な案内が必要です。
一方、制度改正の議論として「初診日要件・延長保護」等が検討されており、退職直後に障害認定されるケースでも、今後の法改正により障害厚生年金の請求対象となる可能性があります。今後も制度改正の議論が続くため、継続的な情報収集が重要です。
障害年金の手続きについて
障害年金の手続きは、初診日に加入していた年金制度によって申請先が決まります。障害基礎年金は住所地の市役所や町役場、年金事務所で、障害厚生年金は年金事務所で行います。その際、本人の生年月日を明らかにできる書類、初診日を証明できるもの、医師の診断書、金融機関の通帳といった書類が必要です。従業員からの相談があったら、適切な手続き先を伝えましょう。
障害年金の法改正は今後も注視
障害年金制度は複雑化しており、今後も改正が続くでしょう。法改正では「直近1年要件の延長」が盛り込まれたため、従業員の保険料納付状況の重要性が引き続き継続されます。一方で、見送られた初診日要件の延長保護、事後重症の遡及支給などは、5年後の改正に向けて今後の動向をチェックする必要があります。
従業員の生活安定には年金制度の理解とともに、日々の福利厚生充実も重要です。食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」なら、健康な食生活をサポートし、障害リスクの予防にもつながる職場環境づくりが可能です。
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