監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
「106万円の壁」はどうなったのか、これからどうなるのか——不安定な政局を受けて、世間の関心はますます高まっています。2025年6月に成立した年金制度改正法では、社会保険加入の要件の一つである「賃金要件(いわゆる106万円の壁)」の撤廃が決定しました。一方で、週20時間以上の勤務要件は維持されるほか、企業規模要件は段階的に撤廃される見通しです。本記事では、改正の背景や施行時期、企業実務への影響など、制度変更に向けて企業が押さえておきたい最新ポイントをわかりやすく解説します。
【結論】「106万円の壁」はどうなった?2026年10月の解消が有力
「106万円の壁」(月額8万8,000円〈年収106万円〉を超えるとパート・アルバイト等の短時間労働者に社会保険加入義務が生じる賃金要件)は、2025年6月13日に成立した年金制度改正法で解消されることが決定しました。施行時期は、今後の政令で定められる予定ですが、「公布から3年以内」と定められていること、また、最低賃金の引き上げ幅が大きかったことから、想定よりも早い時期になることが予想されています。
一方で、週20時間以上という勤務時間要件は維持されるため、実質的には「週20時間以上働けば年収に関係なく社会保険に加入」という形になる見通しです。制度の詳細や企業への影響について、以下でわかりやすく解説します。
参考:厚生労働省|社会保険の加入対象の拡大について
参考:首相官邸|「年収の壁」対策
そもそも「106万円の壁」とは?
「106万円の壁」とは、短時間労働者(パート・アルバイト等)の社会保険加入基準を決める賃金要件のことです。月収8万8,000円(年収約106万円)を超えると社会保険への加入義務が生じ、保険料の自己負担が発生します。ここでは、制度の仕組みをわかりやすく解説するとともに、「壁」が働き方に与えてきた影響を整理します。
社会保険加入の5つの要件
社会保険の加入対象は、法律で全国一律に定められています。短時間勤務者(パート・アルバイトなど)が厚生年金や健康保険の被保険者となるのは、次の5条件をすべて満たす場合です(※2025年10月時点)。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 月額賃金が8万8,000円以上であること
- 雇用期間が2か月を超える見込みであること
- 学生でないこと
- 勤務先の従業員数が51人以上の企業であること
このうち、2の「月額賃金が8万8,000円以上であること」は、2025年6月13日に成立した年金制度改正法で撤廃が決定しました。さらに、5の企業規模要件も、段階的に撤廃する方針が法制度として確定しています。
今後は、勤務時間要件(週20時間以上)を満たせば、企業規模にかかわらず社会保険が適用される見通しです。
参考:厚生労働省|年金制度改正法が成立しました
参考:厚生労働省|令和7年度年金制度改正法が6月20日に公布されました。
「106万の壁」と「働き控え」の関係
社会保険に加入すると、事業主と従業員がそれぞれ保険料を負担します。従業員側は給与から保険料が天引きされるため、現行制度では月収が8万8,000円を超える(=社会保険へ加入する)と手取り額が減少してしまいます。これを避けるため、勤務時間を調整するいわゆる「働き控え」が生じてきました。
特に主婦や副業層では、「保険料負担が発生するなら勤務を抑えよう」と考える傾向が根強く、企業側もシフト調整を余儀なくされてきた現状があります。
106万の壁が解消されるのはなぜ?
「106万円の壁」は、どのような理由で解消に至ったのでしょうか。ここでは、その背景を解説します。
労働人口が減少しているから

出典:内閣府|令和4年版高齢社会白書(全体版)(PDF版)|1 高齢化の現状と将来像
日本では、少子高齢化の進行により、労働力の中心となる生産年齢人口(15歳以上65歳未満)が減少を続けています。具体的には、1995年をピークに1,000万人以上減少しました。企業の人手不足は深刻化しており、特にパート・アルバイト層の確保が課題です。
こうした中で、短時間労働者の就業を促進するためには、社会保険の壁を取り払い、働き控えを防ぐことが不可欠です。厚生労働省も「働き方に応じた公平な社会保障制度の実現」を掲げ、賃金要件の撤廃によって多様な人材の労働参加を後押しする方針を打ち出しています。
年金制度を維持するための財源に課題があるから
社会保険の対象拡大には、年金制度の持続性を高める狙いもあります。
少子高齢化が進む中で、現役世代の保険料負担を安定させるには、より多くの人が制度に参加することが重要です。
賃金要件が撤廃されると、パート・アルバイトなど、これまで社会保険の対象外だった労働者の多くが厚生年金に加入すると見込まれます。これにより、制度全体の支え手が増え、将来的な年金財政の安定化につながることが期待されているのです。
最低賃金1,016円超で「8.8万円要件」が意味を失ったから
賃金要件撤廃の直接的な背景にあるのが、最低賃金の上昇です。厚生労働省の発表によると、2025年度の最低賃金は、もっとも低い高知県・宮崎県・沖縄県で1,023円となりました。週20時間勤務の場合でも、月収は8万8,000円を超え、社会保険の加入基準を自然に上回ります。
これは、現行の「月8.8万円未満なら非加入」というルールが現実的に成立しなくなっていることを意味します。同じ「週20時間勤務」でも、地域によって加入・非加入が分かれてしまうため、実質的な格差も生じかねません。
こうした状況を是正するため、政府は全国で一定の賃金水準に達した段階で、賃金要件を撤廃する方針を明確にしました。
106万以外の「年収の壁」|2025年改正を反映
年収の壁は「106万円の壁」を含め複数存在します。2025年の税制改正により、これらの壁は大きく変更されました。ここでは、最新の情報をもとに代表的な壁を解説します。
| 壁の種類 | 改正前 | 改正後 (2025年) |
内容 |
|---|---|---|---|
| 住民税 | 100万円 | 110万円 | 本人に住民税が課税されるライン |
| 所得税 | 103万円 | 160万円 | 本人に所得税が課税されるライン |
| 配偶者控除 | 103万円 | 123万円 | 扶養に入れるライン |
| 配偶者特別控除(満額) | 150万円 | 160万円 | 満額控除を受けられるライン |
| 社会保険 | 106万円 | 解消予定 | 賃金要件は2026年10月撤廃見込み |
| 社会保険 | 130万円 | 130万円 | 被扶養者の上限(変更なし) |
| 配偶者特別控除(上限) | 201.6万円 | 201.6万円 | 控除が受けられる最終ライン |
関連記事:【税理士監修】年収の壁とは?6つの壁の仕組みと対策を徹底解説
110万円の壁|住民税の非課税基準
▼改正内容:100万円 → 110万円
2025年の税制改正で、給与所得控除の最低額が55万円から65万円に引き上げられました。これにより、住民税が課税されないラインが100万円から110万円に変更されています。
年収110万円を超えると住民税の課税対象となり、一部の非課税世帯向けの優遇措置(国民健康保険料の軽減や高額療養費制度の区分など)が受けられなくなる可能性があります。
適用時期: 2025年1月~12月の所得に対し、2026年度(2026年6月以降)の住民税から適用されます。
160万円の壁|本人の所得税非課税ライン
▼改正内容:103万円 → 160万円
2025年の税制改正により、パート・アルバイト本人に所得税がかからないラインが大幅に引き上げられました。
- 給与所得控除:65万円
- 基礎控除:最大95万円(年収200万円以下の場合)
- 合計:160万円
年収160万円以下であれば、本人に所得税は課税されません。ただし、年収200万円を超える場合は基礎控除額が段階的に減少します。
適用時期: 2025年分の所得から適用
参考:国税庁|令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について
関連記事:【税理士監修】年収160万円で手取りはこうなる!新しい壁はいつから?
123万円の壁|配偶者控除・扶養控除の対象ライン
▼改正内容:103万円 → 123万円
配偶者や扶養親族の年収が123万円以下であれば、扶養する側(納税者)は配偶者控除または扶養控除(最大38万円)を受けられます。
- 給与所得控除:65万円
- 基礎控除:58万円
- 合計:123万円
▼本人の所得税非課税ライン(160万円)との違い
本人の所得税が160万円まで非課税になるのは、年収200万円以下の人向けの「特別加算(+37万円)」があるためです。しかし、配偶者控除・扶養控除の判定には特別加算は含まれないため、基礎控除は58万円で計算され、上限は123万円となります。
適用時期: 2025年分の所得から適用
関連記事:【税理士監修】123万円の壁はいつから?手取りはどうなる?パートへの影響を解説
130万円の壁|社会保険の被扶養者判定基準
▼改正:なし
年収130万円未満であれば、家族の健康保険・厚生年金の被扶養者として認定され、自己負担なしで社会保険に加入できます。130万円以上になると扶養から外れるため、国民健康保険・国民年金に加入し、保険料を自己負担しなければなりません。
この基準は2025年の改正でも変更されず、106万円の壁(賃金要件)撤廃後も継続します。
160万円の壁|配偶者特別控除の満額ライン
▼改正内容:150万円 → 160万円
配偶者の年収が123万円を超えても、160万円以下であれば、配偶者特別控除として満額38万円の控除を受けられます。
160万円を超えると控除額が段階的に減少し、201万6,000円以上で控除はゼロになります。
適用時期: 2025年分の所得から適用
201万円の壁|配偶者特別控除の適用上限
▼改正:なし
配偶者の年収が201万6,000円以上になると、配偶者特別控除は完全に適用されなくなります。この上限は2025年の税制改正でも変更されていません。
「106万の壁」解消に向けて企業に求められる対応
106万円の壁が解消されると、社会保険の対象拡大により企業の人件費や管理コストが増加します。ここでは、企業に求められる3つの実務対応を整理します。
1. 保険料負担の増加への備え
社会保険の対象者拡大により、企業が負担する保険料は確実に増加します。健康保険・厚生年金保険はいずれも事業主と従業員で折半負担され、企業の負担は給与総額の15%程度となるのが一般的です。
社会保険料は1人あたり年数十万円の負担増が見込まれます。短時間労働者の多い業種では、対象者の増加により企業全体の負担額が大きく膨らむ可能性があります。
2. 人事・給与システムの更新と従業員への周知
社会保険の対象拡大に備え、給与計算システムや人事データベースの整備が必要です。保険料控除や勤怠計算、資格取得・喪失の届出処理など、法改正に対応した仕組みを整える必要があります。そのためには、社労士やシステムベンダーとの連携も重要です。
また、従業員への丁寧な説明も欠かせません。保険料負担により一時的に手取りが減る一方、将来的な年金受給額の増加など、制度のメリットを正確に伝えることで、情報不足による混乱を防ぐことができます。
3. 柔軟な勤務制度と福利厚生の整備
保険料の負担にともなう働き控えや離職の予防として、勤務時間制度や福利厚生を見直す企業が増えています。具体的には、短時間正規雇用従業員制度の導入や、パート従業員にも適用でき、かつメリットを実感しやすい食事補助のような福利厚生の整備です。
「壁」の解消後は、従業員の就業意欲をいかに維持・向上させるかが企業競争力を左右します。給与だけでなく、生活支援・健康支援といった非金銭的報酬を整備することは、優秀な人材の定着にもつながります。
食事補助の福利厚生で生活をサポート
食事補助は、従業員の生活を直接サポートできるためアピール度が高く、費用対効果の高い福利厚生です。一定の利用条件を満たすことで所得税の非課税枠が活用できるため、給与で同額を支給するよりも従業員の実質的な手取りを増やすことができる点も大きなメリットです。
例えばエデンレッドジャパンの「チケットレストラン」は、全国25万店舗以上の加盟店を社員食堂のように利用できるサービスとして人気が高く、すでに3,000社を超える企業に導入されています。
関連記事:「チケットレストラン」は勤務時間外・休日も利用できる?導入メリットも解説
「106万の壁」にまつわるよくある質問
ここでは、106万の壁について多く見られる質問をまとめています。
Q1:106万円はいつ解消されますか?
A:2025年6月に成立した年金制度改正法では、賃金要件(月8.8万円=年約106万円)の撤廃が明記されました。施行は「公布から3年以内」と定められており、最長でも2028年6月までに実施されます。現在は全国の最低賃金が1,016円を超え、条件はすでに達成済みです。施行時期は今後、政府が具体的に決定する予定です。
Q2:最低賃金が1,016円以上になることと撤廃にはどんな関係がありますか?
A:賃金要件撤廃の条件は「すべての都道府県で最低賃金が1,016円を超えること」です。最低賃金が上がると、週20時間働くだけで月8.8万円に達するため、現行の「106万円の壁」が実質的に意味を失います。すでに2025年度の改定でこの条件が満たされており、制度面では撤廃準備が整っています。
「106万円の壁」解消に備えて企業がいまできる対応とは
「106万円の壁」は、法改正により解消が決定しました。施行は2026年10月が有力視されています。企業にとっては保険料負担や制度対応など短期的なコストが発生する一方で、長期的には人材確保・定着のチャンスでもあります。
改正に向けた企業の対応としては、労働時間や給与設計の見直しに加え、社会保険料増に不安を感じる従業員へのサポートが欠かせません。「チケットレストラン」のような福利厚生は、手取り感を支える有効な施策です。
制度改正は、従業員の働きやすさとエンゲージメントを見直すきっかけにもなります。きたる106万の壁解消を、自社が柔軟な労務戦略へ転換するための大きなチャンスととらえてはいかがでしょうか。
関連記事:「チケットレストラン」の仕組みを分かりやすく解説!選ばれる理由も
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社会保険労務士 吉川明日香
