多くの企業が初任給引き上げに踏み切る昨今、その裏に潜む「からくり」が話題を集めています。基本給アップの代わりにボーナス減少、昇給機会の減少、2年目以降の給与上昇鈍化など、初任給引き上げによる年収への実質的な影響は複雑です。
新しい従業員と既存従業員間の「逆転現象」は、組織の一体感やモチベーションに大きな打撃を与える恐れもあります。本記事では、初任給引き上げで指摘される「からくり」の実態と、持続可能な給与体系構築に向け、配慮したいポイントを紹介します。
初任給30万円も!初任給引き上げの現状
近年、企業の初任給引き上げが目立っています。「初任給30万円」「初任給40万円」という数字も珍しくなくなってきました。2025年4月に初任給引き上げをした企業を見てみましょう。
- ファーストリテイリング:月30万円から33万円に引き上げ
- SBIホールディングス:月30万円を34万円に引き上げ
- 大和ハウス工業:月25万円から35万円に引き上げ(大卒初任給)
ほかにも、伊藤忠商事、ソニーグループ、明治安田生命、りそな銀行、ノジマ、サントリー、モスフードサービス、オリエンタルランドなど多くの企業が初任給の引き上げを相次いで発表しています。
帝国データバンクの「初任給に関する企業の動向アンケート(2025年度)」によると、2025年4月入社の新卒社員の初任給を前年度よりも引き上げると回答した企業の割合は71.0%です。引き上げ額も平均9,114円と、高い水準となりました。初任給の引き上げは、多くの企業にとって重要課題であることがわかります。
出典:帝国データバンク|初任給に関する企業の動向アンケート(2025年度)
関連記事:【2025年最新】初任給を引き上げた企業の業界別一覧|30万円超えも
初任給が引き上げられる理由
初任給を引き上げる企業が増えている主な理由には、人材獲得競争の激化、物価上昇への対応、デフレからの脱却があります。
1. 人材獲得競争の激化
少子高齢化による労働人口の減少は、企業間の人材獲得競争を激化させています。大学生の就職活動では売り手市場が続き、企業は優秀な人材の確保に四苦八苦している状況です。株式会社リクルートの研究機関である就職みらい研究所の「就職白書2025」によると、2025年3月卒業の学生のうち、就職活動後の就職率は91.7%で過去最高となりました。
初任給の高さは学生の企業選択における重要な判断材料となります。人材獲得の有効な手段として、前述の調査結果のとおり、約7割以上の企業が初任給の引き上げに踏み切りました。
出典:株式会社リクルート|就職みらい研究所『就職白書2025』
2. 物価上昇への対応
身の回りにある多くのモノやサービスの値段は上がっています。原油価格や原材料費の高騰に伴う物価上昇は、従業員の生活に大きな影響を与えています。消費者物価指数の上昇が続く中、企業は従業員の生活を支えるために給与水準の引き上げが欠かせません。
特に新卒社員にとっては、収入における家賃や生活費の負担割合が大きいです。物価上昇による実質賃金低下で新しい従業員に生活苦を強いることがないよう、企業は初任給の引き上げを検討せざるを得ない状況にあります。
3. デフレからの脱却
日本では長い間、物価が下がり続ける「デフレ」の状態が続いてきましたが、最近になってその流れに変化が出てきています。経済の停滞を抜け出し、これからも成長を続けるためには、物価の上昇とともに、労働者の給料がしっかり上がっていくことが重要です。
このため、企業が定期的に賃金を引き上げる取り組みが不可欠となっています。国も企業の賃上げを積極的に支援しており、実際に多くの企業が賃上げに前向きです。
新卒社員の初任給を上げる動きも、こうした国の方針と一致しています。給料全体が底上げされることで、消費が活発になり、経済全体がより活性化されるという好循環が期待されています。
関連記事:初任給を引き上げる4つのメリットとは?|2025初任給最新相場も
初任給引き上げで指摘される3つの「からくり」
初任給を引き上げるための原資があれば理想的ですが、実際には厳しい状況でも人材獲得のためにやむなく賃上げをする企業も多いようです。名古屋商工会議所の調査によると、2025年度の賃上げとして、小規模・中小企業の約6割が「防衛的賃上げ(※1)」を実施しました。
このような状況下で行う初任給引き上げには、巧妙な仕組みがあると報道されています。からくりとは「仕掛け」のことです。初任給引き上げで期待されているのは、初任給が上がり、手取りが増え、生活がしやすくなることです。しかし、初任給が引き上げられたにもかかわらず、相対的に総収入が増えていないケースがあります。
ここでは、「からくり」と称される3つのパターンを紐解いていきましょう。
(※1)原資が確保されていない上で、人材確保のために賃上げをすること
からくり1.基本給アップの代わりにボーナス減
多くの場合、初任給として取り上げられる数字は、「基本給」を指します。もし基本給が引き上がる一方で、年収に対する賞与比率を減らし、その分を基本給に上乗せしているだけであれば、年収ベースでの増加は期待できません。
従業員側や世間から「からくり」と指摘されないためには、基本給・賞与・諸手当などを合算した"総報酬"を上げているかどうかがポイントになります。
からくり2.昇給率の低下・昇給機会の減少
企業の給与原資が一定である以上、初任給引き上げ分は既存従業員の人件費からまかなわれます。多くの企業では人件費の総額を維持するために、以下のような調整を行っています。
- 昇給率を下げ人件費を抑える:従来より昇給率を下げることで、総人件費が増えなくなります。
- 昇給・昇格する人数を減らす:評価基準を厳しくすると、昇給・昇格する従業員数を絞れるため人件費を抑制できます。ただし、能力や成果による格差が、これまで以上に拡大します。
従業員側からは見えにくい人件費の配分調整が、初任給引き上げの隠れた「からくり」と指摘されています。春闘の勢いが高まる時期は、テレビやニュースで目玉として発表される初任給アップも、実際には組織全体の給与体系の見直しが前提で機能していくのです。
からくり3.入社2年目以降の給与上昇が鈍化
今年の新卒社員も来年には「既存従業員」側になります。初任給引き上げの流れが続くと、翌年の新卒初任給のために人件費を調整される側になるという点も忘れてはなりません。
初年度は高い給与を得られても、2年目以降の昇給が抑制される可能性もあります。特に、初任給を大幅に引き上げた企業では、その後の昇給幅が小さくなり、長期的に見ると従来の給与体系と大きな差がなくなる可能性があります。
参考:Yahoo!ニュース|新卒の“大幅給与アップ”に危険なカラクリ…「初任給」で判断するのは危ない? ボーナス削減、昇給率ダウン、そして2年目には…
初任給引き上げでありえる「逆転現象」にも要注意
悲痛な現象である「逆転現象」もありえます。「逆転現象」とは、初任給引き上げによって、後から入った従業員の方が給料が高くなる状況です。例えば、これまで5年間勤務して年功序列的に少しずつ昇給してきた従業員の給与が、新卒社員の初任給より低いといったケースが該当します。
初任給を大幅に引き上げた企業では、既存従業員の給与体系を同時に見直さなければ、このような逆転現象が起こりやすくなります。
逆転現象が与える3つの悪影響
逆転現象は、組織内で心理的な問題や経営上の非効率を引き起こす可能性があります。
1. 既存従業員のモチベーション低下
初任給の引き上げは、往々にして既存従業員のモチベーション低下につながります。ニュースやSNS上では「今まで企業を支えてきたのは私たちなのに」「新人の給料が高くてやる気がなくなる」といった不満の声が頻繁に見られます。中には、給与逆転が起きた場合に「部下を指導しない」といった極端な反応を示すケースもあるようです。
給与は企業からの評価や、自身の存在価値を測る指標としての側面も持ちます。長年貢献してきた従業員が、経験の浅い新しい従業員よりも低い給与では、企業からの評価が不十分だと感じ、モチベーションが低下してしまうのも当然です。
参考:Yahoo!ニュース|新卒の“大幅給与アップ”に危険なカラクリ…「初任給」で判断するのは危ない? ボーナス削減、昇給率ダウン、そして2年目には…
関連記事:【社労士監修】初任給引き上げの理由は?既存社員との逆転減少による影響を解説
2. 組織内の不公平感
長年勤務して少しずつ昇給してきた従業員にとって、新卒社員が同程度あるいはそれ以上の給与をもらうことへの不満は大きいものです。新卒社員はまだ実績を上げておらず、業務スキルも未熟な段階であることを考えると、理不尽さを感じてしまうのも自然なことと言えます。
こうした不公平感は、チームワークや職場の雰囲気などに悪影響を及ぼしかねません。給与に不満を持てば、モチベーション低下による業務品質の悪化、ベテラン従業員の離職率上昇といった問題に発展し、組織全体の生産性を損なう恐れがあります。
3. 人件費配分の効率低下
給与は従業員の市場価値や組織への貢献度に見合った形で配分されるべきですが、どの企業も人件費の原資には限りがあります。専門知識や経験が浅く、すぐに成果を出すのが難しい新しい従業員に高い初任給を設定すると、人件費配分のバランスが崩れかねません。
豊富な経験と高いスキルを持ち、企業に大きな価値をもたらしているベテラン従業員への適切な処遇が難しくなることも考えられます。「貢献に応じた報酬」という基本原則からも外れてしまい、組織全体の人材活用を最適化できなくなる恐れもあります。
参考:みずほリサーチ&テクノロジーズ|初任給引き上げは誰を幸せにするのか? : みずほリサーチ&テクノロジーズ
関連記事:【社労士監修】初任給の引き上げで発生する「給与の逆転現象」とは?人材確保と社内バランスの両立策
初任給引き上げで配慮したい6つのポイント
初任給を引き上げることが、「見せかけだけ」と批判されたり、既存の従業員から不満の声が上がったりするようでは本末転倒です。どうすれば初任給の引き上げが効果的な人材投資となるのか、重要ポイントをまとめました。
1.引き下げはハードルがかなり高い
一度引き上げた初任給を下げることは実質的に困難です。従業員の心理面はもちろん、法的観点からも大きな障壁があります。労働契約法第9条では、労働者に不利益となる労働条件の変更には合理的な理由が求められ、実際にはハードルが非常に高いとされています。
関連記事:【社労士監修】「福利厚生をなくす」場合は不利益変更に注意!そのステップを解説
2.初任給引き上げの本質を説明
初任給引き上げを検討する際は、その中身をしっかり吟味しましょう。基本給のアップ、賞与の基本給への組み入れ、手当の見直しなど、様々な方法があります。給与の構成がどう変わるのかを把握し、従業員には「実際の手取り額がどうなるのか」も含めて、わかりやすく説明することが重要です。
また、初任給を上げた後の昇給ペースや評価の仕組みも含めた総合的な設計が求められます。初任給だけ引き上げるのではなく、将来を見据えた人材育成と適切な待遇を両立させる制度づくりが必要なのです。
3.給与調整で企業内バランスをキープ
初任給引き上げで「逆転現象」を防ぐには、既存従業員の給与調整も大切です。調整方法としては、若手重視で特定の層に厚く配分する方法や、ベースアップのように全員に同じ金額を上乗せする方法、全員の給与に同じ割合で上乗せする方法など、企業の状況に合った方法を選んで、組織内の公平感を守りましょう。
特に若手や中堅従業員の待遇には慎重さが必要です。もし新しい従業員より低い待遇になってしまう場合は、キャリアアップの支援や成長できる機会を増やすなど、給与以外の面でも満足度を高める工夫を取り入れます。
4.将来を見据えた人件費管理
初任給を引き上げると、長い目で見た人件費にどう影響するか、慎重に考える必要があります。特に、毎年新卒を採用している企業では、年々膨らむ人件費のコントロールが課題と考えられます。
対策としては、業績に連動した報酬の仕組みを取り入れたり、年功ではなく仕事の内容や難易度で給与を決める「職務給制度」に移行したり、役割や貢献度に応じた待遇を整えたりする方法があります。固定費の増加を抑えながらも、従業員の頑張りにはしっかり報いる給与の仕組みづくりが大切です。
5.非金銭的価値の創出
給与だけでなく、仕事のやりがいや成長できる環境、自分のペースで働ける柔軟さなど、お金以外の魅力づくりも欠かせません。大手と同じ給与水準を出すのが難しい中小企業の場合は、自社ならではの強みを打ち出すことで、人材獲得競争の成功要素を増せます。
6.「第3の賃上げ」の活用
定期昇給やベースアップという従来の賃上げに加え、「第3の賃上げ」として福利厚生の充実も効果的です。食事代を企業と折半で負担する「チケットレストラン(※2)」や、住宅手当、育児支援などを取り入れることで、従業員の生活費を軽減し、実質的な手取りを増やせます。
「チケットレストラン」を導入している株式会社シフォン(従業員数約20名)の従業員からは「自分で好きに使えるお金が確実に増えている」と手取り増を実感する声も。こうした工夫で、企業と従業員がともに発展していくベースが整えられます。
(※2)「チケットレストラン」は食事に関する福利厚生として、広く導入されているサービスで、非課税制度を活用し、従業員の食事代負担を軽減しつつ、企業側は経費計上できる仕組みです。
関連記事:「チケットレストラン」の仕組みを分かりやすく解説!選ばれる理由も
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初任給引き上げを成功させるために
初任給引き上げは人材確保に効果的ですが、組織全体のバランスを考える必要があります。単に金額を引き上げるだけでなく、既存従業員を含めた全体の処遇を見直し、モチベーションを維持できる工夫が大切です。
福利厚生の充実も効果的な方法の一つです。「第3の賃上げ」と呼ばれる「チケットレストラン」のような手取りを増やせる福利厚生の仕組みは、特に注目に値します。
「チケットレストラン」は、企業と従業員で食費を折半することで、日々の生活費を軽減できます。福利厚生制度は給与体系とは別の枠組みであるため、初任給引き上げを補完する形で柔軟に導入することも可能です。
こうした工夫を取り入れながら、従業員の成長と企業の持続的発展を両立させる給与体系を目指していきましょう。
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