監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
初任給の大幅な引き上げが進む中、先輩社員が新入社員より低い給与になる「給与の逆転現象」が大きな問題となっています。本記事では、逆転現象が起きるそもそもの理由や、逆転が企業にもたらす深刻なリスク・効果的な対策・実際の事例まで「給与の逆転現象」にまつわる知っておきたい情報をわかりやすく解説します。
初任給の引き上げに伴う「給与の逆転現象」とは?
出典:株式会社 帝国データバンク[TDB]|初任給に関する企業の動向アンケート(2025 年度)|(2025年2月14日)
「給与の逆転現象」とは、新入社員の初任給を大幅に引き上げたことにより、先輩社員の給与が新入社員より低くなってしまう現象を指します。
帝国データバンクの調査によると、2025年4月入社の新卒社員について、支給する初任給を前年度から引き上げた企業の割合は71.0%、平均引き上げ額は9,114円でした。
一方で、平均をはるかに超える大幅な初任給の引き上げを行う企業も少なくありません。
「大和ハウス工業」は、2025年4月入社の新卒社員(総合職)に対し、一律10万円という前例のない初任給アップを実施しました。これにより、大卒の初任給が25万円から35万円に引き上げられています。
また「カプコン」は、2025年の新卒社員の初任給を、23万5,000円から30万円と、6万5,000円引き上げました。同社では、学歴を問わず、新卒全体に一律で月額30万円の初任給を設定しています。
引き上げ幅が大きければ大きいほど、新入社員と先輩社員の給与額が逆転する可能性が高まります。この課題に直面する企業が増える中で「給与の逆転現象」が広く注目されるようになりました。
参考:株式会社 帝国データバンク[TDB]|初任給に関する企業の動向アンケート(2025 年度)|(2025年2月14日)
参考:大和ハウス工業|給与水準の改定および初任給の引き上げに関するお知らせ|大和ハウス工業のリリース|会社情報 About Us
参考:株式会社カプコン|新卒初任給引き上げのお知らせ | プレスリリース
「給与の逆転現象」が起きるのはなぜ?
入社から1年以上が経過している先輩社員よりも、入社1年目の新入社員のほうが給与が多いというのは、本来であれば考えられないことです。それにもかかわらず、給与の逆転現象が起きているのはなぜなのでしょうか。2つの主な理由を解説します。
初任給だけが急激に引き上げられているから
近年、少子高齢化による人手不足を背景に、初任給の引き上げは優秀な人材を獲得するひとつの手段となっています。
連合が公開している「2024 春季生活闘争 第 7 回(最終)回答集計結果」によると、2024年の春闘における平均賃上げ額は15,281円でした。
一方で、初任給の平均引き上げ額は9,114円※です。両者の額には大きな開きがあるため、大半の企業では給与の逆転現象は起きません。しかし、初任給を「2〜3万円」引き上げた企業が7.5%・「3万円以上」の企業も2.4%存在します。(※前項の帝国データバンクの調査参照)これらの企業には、給与の逆転現象が起きやすい土壌があるといえます。
特に中小企業では、採用市場での競争力確保のために初任給の引き上げを行う一方で、資金的な制約により、既存社員の待遇改善までは手が回らないケースも少なくありません。
初任給が急激に引き上げられているにもかかわらず、既存社員の給与が伸び悩んでいる現状が、給与の逆転現象を招く大きな要因となっています。
年功序列型の賃金制度が足かせになっているから
日本企業の多くが採用してきた年功序列型の賃金制度も、逆転現象を促進する要因となっています。
同制度では、若手社員の昇給カーブが緩やかに設計されているため、入社から数年間は給与の上昇幅が限定的です。そのため、初任給だけを引き上げると、勤続2~5年程度の社員が新入社員に給与を追い抜かれやすい構造となっています。
近年、成果主義への移行が進んでいる企業もありますが、多くの企業ではまだ完全な移行が実現せず、年功的要素と成果的要素が混在した制度となっているのが現状です。
この過渡期的な状況も、給与の逆転現象を複雑化させる一因となっています。
関連記事: 賃上げを表明した企業一覧。2025年春闘の動向や第3の賃上げも解説
給与の逆転現象がもたらす3つのリスク
初任給の逆転現象を放置すると、企業にはどのようなリスクが生じるでしょうか。ここでは、特に深刻な3つのリスクについて解説します。
既存社員のモチベーション低下
給与の逆転現象がもたらすリスクとして、まず挙げられるのが「既存社員のモチベーション低下」です。
数年間勤務し、経験やスキルを積み上げてきた社員が、新入社員よりも低い給与で働くことになったとしたら、不公平感を抱くのはいうまでもありません。
実際には逆転まで至らなかったとしても、ほとんど変わらない程度の給与水準となれば、やはり既存社員の大半は不満を抱くと考える必要があります。
社員のモチベーション低下は、パフォーマンスの低下や生産性の低下、職場の雰囲気の悪化につながります。これが続けば、顧客対応力やサービス品質にも影響が及び、結果として企業全体の業績にも悪影響を与えかねません。初任給の引き上げを検討する企業にとって、慎重に向き合うべき課題です。
関連記事:モチベーションアップとは?下がるデメリットや上げるためのポイントを解説
離職率の上昇
給与逆転による不満は、若手社員の離職率上昇にも直結します。
景気の回復や人手不足を背景に転職市場が活性化している現在、スキルや経験を持つ若手社員の市場価値は高く、より良い条件を求めて転職するハードルは低くなっています。
社員が離職をした企業では、新たな人材の獲得や教育のため、改めて予算を用意しなければなりません。
また、給与の逆転現象が原因で複数の若手社員が離職した場合、企業内の特定の年齢層が失われることから、その層が経営の中心となった頃に組織運営面での問題が生じる可能性があります。
なお、帝国データバンクの調査によると、2024年に人手不足が原因で倒産した企業の数は350件と、過去最高を記録しました。
経営の観点からも、給与の逆転現象は深刻な課題です。
参考:株式会社 帝国データバンク[TDB]|人手不足倒産の動向調査(2024年度)(2025年4月4日)
関連記事:人手不足倒産はなぜ起こるのか?業種の傾向や中小企業ができる対策は
企業のブランド力・信用への悪影響
給与の逆転現象と、それに対する不適切な対応は、企業の評判にも悪影響を及ぼします。
近年、SNSやクチコミサイト等の普及により、社内の不満や処遇の問題が外部に漏れやすくなりました。こうした現状において、給与の逆転現象に伴う「入社後に評価されない会社」「新人優遇だけで既存社員を大切にしない企業」といった評判は、将来的な採用活動における大きな障壁となります。
売り手市場ともいわれる近年の採用市場では、ちょっとしたマイナス要素も無視できません。企業には、自社のブランド力と信用を守るための対策が求められます。
逆転防止|企業に求められる「制度設計」
給与の逆転現象を防ぐためには、初任給と既存社員の給与とのバランスを考慮した給与制度の見直しが欠かせません。ここでは、年功序列に依存しない柔軟な制度設計の選択肢を紹介します。
スキルベース評価の導入で、成長を正当に評価する
年功序列ではなく、実績やスキルに基づいて昇給を判断する制度への移行は、給与の逆転現象の防止に有効です。たとえば、専門的なスキルの習得や資格取得・業務改善への貢献など、客観的な評価基準に基づいて報酬を決定することで、若手社員の納得感を高めつつ、成長の可視化が可能になります。
中小企業でも、簡易な「スキル認定制度」や「表彰・報奨制度」の導入により、自社に可能な範囲で成果への報酬を提供できます。
職務給・役割給の導入で処遇の納得感を高める
職務給とは「どの仕事を担っているか」によって報酬を決定する制度です。これは「人に仕事をつける」職能給とは対照的に「仕事に人をつける」発想に基づく制度で、職務内容や責任の重さに応じた賃金設計を可能にします。
同じ勤続年数でも、担っている役割の重さや必要なスキルによって報酬が異なる仕組みをつくることにより、新入社員と既存社員の処遇差を合理的に説明しやすくなります。
ジョブグレード制で処遇と成長を連動させる
ジョブグレード制(等級制度)は、業務の役割や責任に応じて職務を段階的に分類し、等級ごとに報酬テーブルを設定する仕組みです。これにより、新卒入社時点の初任給もバランスよく設定でき、既存社員の昇給との整合性も取りやすくなります。
また、グレードが上がれば自動的に報酬も上がるため、若手社員にとっても「成長の道筋」が見える制度としてモチベーション向上に寄与します。
給与の逆転現象はどう防ぐ?企業の対応事例
ここでは、給与の逆転現象を踏まえ、実際に既存社員の処遇改善に取り組んでいる企業の具体的な事例を見ていきましょう。
明治安田生命|入社5年以内の若手を平均8%賃上げ
明治安田生命は、2025年4月大卒総合職の初任給を27万円(固定残業代を含めると約33万2,000円)としました。併せて、若手先輩社員の給与が新入社員より低くならないよう、入社5年以内の職員について平均8%以上の賃上げも実施しています。
同社が初任給の引き上げを行うのは、2024年に続き2年連続です。入社5年以内という範囲を明確にし、その層に焦点を当てた賃上げを行うことで、もっとも逆転の影響を受けやすい層を重点的に保護するという同社のアプローチは広く注目を集めています。
対象を絞ることで、企業全体の人件費増大を抑えつつ、逆転問題に効果的に対応する好例といえるでしょう。
参考:産経新聞|明治安田生命、平均5%賃上げ実施へ 内勤職員初任給は最大33万円に設定
SBIホールディングス|入社3年目までの給与テーブルを10%引き上げ
SBIホールディングスは、2025年4月の新卒初任給を月額30万円から34万円と、4万円引き上げる大幅な改定を行いました。同時に、入社3年目までの社員の給与水準を一律10%引き上げることで、逆転現象の防止に積極的に取り組んでいます。
さらに、貢献度の高い社員には入社2年目より「業績反映型賞与」を支給する制度も導入したり、4年目以降にマネジャー職への登用を可能としたりなど、成果を上げた若手社員がより早く処遇改善を受けられる仕組みを構築しました。
このような複合的なアプローチは、若手社員全体の賃上げと、特に活躍する社員への適性な評価を両立させる戦略として参考になります。
参考:SBIホールディングス|従業員の給与水準ならびに新卒初任給の引き上げに関するお知らせ(SBIホールディングス)|ニュースリリース
既存社員のモチベーションアップに「福利厚生の活用」
初任給の逆転現象に対応するには、直接的な給与の調整が効果的です。しかし、財政的な制約から、大幅な調整が難しい企業も少なくありません。そんな企業にとって、福利厚生の充実は、効果的な代替策となり得ます。
福利厚生を通じた給与以外の報酬で「満足度」の底上げを
社員にとっての「実質的な待遇」は、給与だけでなく、さまざまな福利厚生も含めた総合的なものです。
一般的に、福利厚生は「社員を大切にする企業の姿勢」として受け取られる傾向にあるため、採用時のアピールポイントとなるほか、既存社員の企業に対する愛着や帰属意識・満足度の向上にも大きく貢献します。
中でも食事補助や住宅手当・家事代行サービス利用補助のような社員の生活を直接的にサポートする福利厚生は、社員自身がメリットを感じやすいため、より高い満足度の向上が期待できるでしょう。
なお、一定の基準を満たす福利厚生は、経費として計上可能です。これにより、法人税が軽減されるため、企業は最小限のコストで社員の満足度を高めることができます。
特に、大企業と比較して人件費にかけられるリソースが限られる中小企業では、給与だけにとらわれない「トータルリワード(総合的な報酬)」の観点が重要です。
食の福利厚生「チケットレストラン」
福利厚生の中でも、より日常的に活用でき、社員の満足度向上に効果的な施策として挙げられるのが「食事補助」です。
エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」では、一定の条件を満たすことにより、所得税の非課税枠を活用しながら全国25万店舗以上の加盟店での食事を実質半額で利用できます。
加盟店の種類は、有名ファミレスやカフェ・コンビニ・三大牛丼チェーン店など多種多様で、勤務時間内にとる飲食物の購入であれば、時間や場所の制限もありません。
少額から利用でき、運用は月に1度の一括チャージのみのため、バックオフィスの負担も最小限です。
企業規模や業種を問わない利用のしやすさが高く評価され、利用率98%、継続率99%、従業員満足度93%に加えて、3,000社を超える企業に導入されている人気のサービスです。
関連記事:チケットレストランの魅力を徹底解説!ランチ費用の負担軽減◎賃上げ支援も
「初任給の逆転現象」はより良い組織づくりのチャンス
71.0%の企業が初任給を引き上げる中、初任給の引き上げによる「給与の逆転現象」は、企業にとって深刻な課題です。しかし、同時にこれは、企業が新たに人事制度改革や組織文化変革に取り組む絶好の機会でもあります。
給与の逆転現象への具体策としては「スキルベース評価の導入」「職務給・役割給の導入」「ジョブグレード制の導入」などが挙げられます。また、明治安田生命の若手層重点施策や、SBIの成果連動型仕組みのような実際の事例も参考になるでしょう。
なお、予算などの制限によりこうした取り組みが難しい企業では「チケットレストラン」のような福利厚生の導入を通じて社員の満足度・モチベーション向上に取り組むのも効果的です。
給与の逆転現象への取り組みを通じて「どのような価値観で人材を評価し、どのような組織を目指すのか」を明確にし、より良い組織づくりを目指しましょう。
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