監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
2024年8月現在、社会保険が適用される個人事業所は、常時5人以上の従業員を使用している所定の17業種です。適用範囲が2022年10月に変更され、適用範囲が拡大しました。
本記事では、新基準の詳細や対象となる業種、必要な手続き、注意点などを解説します。人事総務担当者や経営者の方々が、スムーズに社会保険適用に対応できるよう、具体的な情報とアドバイスを提供します。
社会保険が強制適用される条件
社会保険の適用における「常時5人以上」は、個人事業所が社会保険の強制適用事業所となるかどうかを判断する重要な基準です。この「常時5人以上」には、どのような労働形態の従業員が算入されるのでしょうか。まずは、対象となる事業所を含め、社会保険が強制適用となる条件について詳しく見ていきましょう。
対象となる事業所
厚生年金保険の適用対象となる事業所は、以下の通りです。
- 法人事業所:従業員数に関わらず、すべての法人事業所
- 個人事業所:「常時5人以上」の従業員を使用する個人事業所のうち、所定の17業種
このほか、従業員の過半数の同意等一定の条件を満たした場合、「任意特定適用事業所」として任意で適用可能です。
参考:日本年金機構|事業主の皆様へ 厚生年金保険・健康保険制度のご案内
社会保険における「常時5人以上」の定義
2024年8月現在、常時5人以上を使用し、所定の17業種に該当する個人事業所は、厚生年金への加入が義務付けられています。
「常時5人以上」の計算に「1人」として算入される従業員の条件は、以下の通りです。
- 正社員
- 週の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している通常の労働者(正社員)の4分の3以上である従業員
例えば、正社員の所定労働時間が週40時間の場合、週30時間以上勤務するパートタイマー等は、1人としてカウントされます。この「4分の3以上」という基準は、厚生年金保険法および健康保険法に基づいて定められており、社会保険の適用において重要な判断基準となっています。
参考:e-Gov 法令検索|厚生年金保険法|第12条5項
参考:e-Gov 法令検索|健康保険法|第3条9項
特定適用事業所における短時間労働者の基準
上記被保険者に該当しないパートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者も、勤務先が従業員数101人以上の「特定適用事業所」、もしくは「任意特定適用事業所」であり、下記の要件を満たす場合には厚生年金の被保険者となります。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上であること
- 月額賃金が8.8万円以上(年収106万円以上)であること
- 2カ月以上の雇用期間が見込まれること
- 学生でないこと
なお「特定適用事業所」は、現在(2024年8月時点)従業員数101人以上の事業所をいいますが、2024年10月からは従業員数51人以上の事業所に拡大される予定です。
参考:日本年金機構|会社に勤めたときは、必ず厚生年金保険に加入するのですか。
参考:日本年金機構|短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大
2022年10月の適用拡大
2022年10月1日、個人事業所の社会保険の適用範囲が拡大されました。これにより、強制加入となる業種に以下の士業が追加され、16種から17種となっています。この改正は、働き方の多様化に対応し、より多くの労働者に社会保障の恩恵をもたらすことを目的に行われました。
- 弁護士(沖縄弁護士、外国法事務弁護士を含む)
- 公認会計士
- 税理士
- 社会保険労務士
- 弁理士
- 司法書士
- 行政書士
- 土地家屋調査士
- 海事代理士
- 公証人
出典:厚生労働省|個人事業所に係る適用範囲の在り方について(5P)
これらの士業を営む個人事業所も、常時5人以上の従業員を雇用している場合には、社会保険の強制適用事業所となります。
参考:日本年金機構|健康保険・厚生年金保険の適用事業所における適用業種(士業)の追加(令和4年10月施行)
2024年最新動向|全業種の個人事業所への適用拡大提言
2024年7月、厚生労働省の有識者会議は、社会保険の適用範囲をさらに拡大する重要な提言をまとめました。
この提言では、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所について、これまで適用除外とされていた業種の要件を撤廃し、すべての個人事業所に社会保険を適用するよう求めています。
この動きは、2022年10月の適用拡大からさらに一歩進んだものです。この提言が実現すれば、業種に関わらずすべての個人事業所が対象となります。
提言の背景には、働き方の多様化をはじめ、将来にわたって社会保障制度を維持できるようにすること・業種間の公平性を確保することといった目的があります。実現すれば、より多くの労働者が社会保険の恩恵を受けられるようになる一方で、これまで適用外だった事業所は新たな対応が必要です。
参考:NHK|年金|短時間労働者の厚生年金 加入拡大へ“企業規模の要件 撤廃を”
「常時5人以上」で適用対象となった場合の手続き
社会保険の適用対象となった個人事業所は、速やかに必要な手続きを行う必要があります。以下、具体的な手続きについて解説します。
「新規適用届」の提出方法と期限
新規適用届は、事業所が社会保険の適用事業所となったことを日本年金機構に届け出るための書類です。提出方法と期限は以下の通りです。
- 提出期限:適用事業所の条件を満たした日から5日以内
- 提出先:事業所を管轄する年金事務所または事務センター
- 提出方法:窓口・郵送・電子申請
「被保険者資格取得届」の手続き
被保険者資格取得届は、社会保険に加入する従業員ごとに提出する必要があります。手続きの概要は、新規適用届と同様です。
- 提出期限:被保険者となった日から5日以内
- 提出先:事業所を管轄する年金事務所または事務センター
- 提出方法:窓口・郵送・電子申請
この届出を適切に行うことで、従業員の社会保険加入が正式に認められ、保険給付を受ける権利が発生します。また、事業主は保険料の納付義務を負うことになります。
参考:日本年金機構|健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届/厚生年金保険 70歳以上被用者該当届
「被扶養者異動届」が必要な場合の手続き
新たに社会保険に加入する従業員に被扶養者がいる場合、「被扶養者異動届」の提出も必要になります。この届出は以下のような場合に必要です。
- 被扶養者を新たに追加する場合
- 被扶養者を削除する場合
- 被扶養者の氏名や続柄などの情報に変更があった場合
被扶養者異動届は、事由が発生した日から5日以内に提出する必要があります。被扶養者の認定には収入などの要件があるため、正確な情報を提供することが重要です。
社会保険料|負担額の目安
社会保険への加入には、従業員の暮らしの安定や、セーフティネットづくりという大きなメリットがあります。一方で、保険料の負担という、事業所側・従業員側双方に決して小さくない金銭的な負担をもたらすものでもあります。
以下、「厚生年金保険」「健康保険」の負担額の目安を見ていきましょう。
「厚生年金保険」負担額の目安
厚生年金保険料は、標準報酬月額に保険料率を乗じて算出されます。2024年8月現在、厚生年金保険料率は18.3%(労使折半)となっています。以下、具体的な試算例を見ていきましょう。
例:標準報酬月額が28万円の従業員の場合 月額保険料:280,000円 × 18.3% = 51,240円 負担額(事業主・従業員):51,240円 ÷ 2 = 25,620円 |
参考:日本年金機構|保険料額表(令和2年9月分~)(厚生年金保険と協会けんぽ管掌の健康保険)
「健康保険」負担額の目安
健康保険料は、標準報酬月額に対し、都道府県ごとに定められた保険料率を乗じて算出します。ここでは、2024年東京都の試算例(協会けんぽ)を紹介します。
例:標準報酬月額が28万円の従業員の場合 月額保険料:280,000円×9.98%=27944 負担額(事業主・従業員):27,944円 ÷ 2 = 13,972円 |
参考:協会けんぽ|全国健康保険協会|令和6年度保険料額表(令和6年3月分から)
社会保険適用に伴う対応策
社会保険の適用拡大に伴い、個人事業所には費用面・労務負担面において新たな負担が生じる可能性があります。また、保険料の負担に伴う従業員の心理的抵抗への対処も必要です。
ここでは、業務効率化による負担軽減と、福利厚生の充実による従業員満足度向上という二つの側面から、具体的な対応策を提案します。
業務効率化による負担軽減
社会保険の適用に伴う事務作業の増加は、多くの個人事業所にとって課題となります。この負担を軽減するためには、以下のような方法が効果的です。
- 電子申請システムの活用:e-Gov(電子政府の総合窓口)などの電子申請システムを利用することで、書類作成や提出の手間を大幅に削減できる
- 社会保険労務士の活用:専門知識を持つ社会保険労務士に業務を委託することで、正確かつ効率的な事務処理が可能になる
- クラウド型の人事管理システムの導入:従業員の勤怠管理から社会保険手続きまでを一元管理できるシステムを導入することで、業務効率が向上する
これらの方法を組み合わせることで、社会保険適用に伴う事務負担を最小限に抑えつつ、正確な手続きを行うことができます。
福利厚生の充実による従業員満足度向上
社会保険が適用されると、従業員の手取り収入は減少します。この影響を緩和し、社会保険適用に対する従業員の心理的抵抗を軽減するための施策として、注目を集めているのが、従業員の生活をサポートする福利厚生です。
例えば、食事補助・交通費補助・社宅の提供のような福利厚生は、直接的に従業員の生活コストをサポートする福利厚生のため、従業員の社会保険適用に対する心理的負担を軽減する可能性があります。
また、事業所の魅力としてのアピール度も高く、優秀な人材の獲得や、定着率の向上にもつながります。結果として、事業所の生産性向上や、競争力強化も期待できるのです。
人気の食の福利厚生「チケットレストラン」
生活に直結する福利厚生の中でも、近年特に人気度を高めているものに、エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」があります。
「チケットレストラン」は、ICカード型の食の福利厚生サービスです。事業所と従業員が半額ずつチャージしたICカードで支払いをすることにより、加盟店での食事が半額になる仕組みです。
加盟店はカフェやコンビニ・ファミレスなど全国に25万店舗を超え、勤務時間内であれば、利用する場所やタイミングも選びません。正規雇用の従業員だけでなく、契約社員やアルバイトなど、雇用形態を問わず平等に提供できることから、規模の小さい個人事業所でも導入しやすいのが魅力です。
また、月に1度のチャージのみで運用できるため、バックオフィスの負担もほとんどありません。こうした利便性や自由度の高さが高く評価され、すでに3,000社を超える企業が「チケットレストラン」を導入しています。
関連記事:チケットレストランの魅力を徹底解説!ランチ費用の負担軽減◎賃上げ支援も
個人事業所の未来を拓く|社会保険適用拡大への戦略的対応
社会保険の適用範囲拡大により、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所のうち、これまで対象外だった業種も強制適用へと移行しつつあります。
この変化は、従業員の安心感や事業所の信頼性向上といったメリットももたらす一方、事業主・従業員双方にとって新たな金銭的負担を義務付けるものです。
個人事業所がこの新しい環境に適応するためには、効率的な業務運営の見直しや、従業員の心理的抵抗を軽減する施策の導入が求められます。
「チケットレストラン」のような福利厚生の導入も選択肢のひとつとして、自社の現状に即した無理のない取り組みを進めていきましょう。