監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
賃上げ率は、企業の人材戦略を反映する重要な指標です。設定にあたっては、定期昇給やベースアップの仕組みを理解し、企業規模や業態に応じた適切な計算方法を選択する必要があります。本記事では、春闘の最新情報とともに、賃上げ率の基礎知識から計算方法・実務での活用・さらには代替策まで、賃上げ率にまつわる知っておきたい情報をわかりやすく解説します。
賃上げ率とは?その意義と役割
賃上げ率は、企業が支払う平均賃金の上昇率を示す重要な指標です。労使交渉や経済政策で広く活用され、企業の競争力や従業員満足度、さらには経済全体の動向にも影響を与えます。まずは、賃上げ率の定義や役割について整理していきましょう。
賃上げ率の基本的な定義
賃上げ率は、給与の上昇幅を示す重要な経営指標です。「定期昇給」と「ベースアップ」の合算で計算され、前年度からどれだけ賃上げが行われたかの割合を示します。
この指標は、労使交渉における具体的な目標値としても利用されています。たとえば春闘では、労働組合が賃上げ率を掲げ、従業員の生活水準向上を目指して交渉を進めるのが一般的です。
具体的な賃上げ率は、企業の規模や業態によって異なります。厚生労働省の「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、2023年の調査対象企業における1人平均賃金改定率は4.1%(前年:3.2%)でした。
実際に企業が賃上げ率を設定する際は、自社の財務状況や人材市場の動向、競合他社の動きなど、さまざまな視点で検討することが求められます。
参考:厚生労働省|令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況
賃上げ率が注目される背景
賃上げ率への注目が高まっている背景には、複数の社会経済的要因が存在します。
第一に挙げられるのが、継続的な物価上昇(インフレ)による、消費者の実質的な購買力の低下です。物価が上がる中での賃金の据え置きは、実質的な賃下げを意味します。そのため、賃上げは消費者の生活水準を維持し、経済を支えるための重要な施策として位置づけられています。
第二に、人材獲得競争の激化があります。少子高齢化による生産年齢人口の減少に伴い、優秀な人材の確保・定着は企業の重要課題となりました。賃上げは、こうした現状を打開する人材戦略の重要な施策です。
さらに、政府による賃上げ促進策も、賃上げ率の注目度を高める原因のひとつです。賃上げ促進税制の拡充や、公共工事の入札における賃上げ実施企業への加点評価など、具体的な施策が展開されています。
参考: METI/経済産業省関東経済産業局|賃上げ税制について(賃上げ促進税制/所得拡大促進税制)
参考:中小企業庁:中小企業向け「賃上げ促進税制」※旧、中小企業向け「所得拡大促進税制」
参考:国土交通省|その他:総合評価落札方式における賃上げを実施する企業に対する加点措置について
関連記事:賃上げ促進税制の基本を分かりやすく解説!別表記載時の注意点も
ベースアップと昇給の違い
賃上げの方法には「ベースアップ(ベア)」と「昇給」という2つの代表的な手法があります。近年の春闘では、この2つを組み合わせた賃上げ率を目標値とするのが一般的です。ここでは、それぞれの詳細を解説します。
ベースアップとは?
「ベースアップ(ベア)」は、企業全体の賃金水準を一律に底上げする施策のことです。賃金改善や物価上昇への対応などを目的に、基本給を一定の割合や額で増やす形で実施されます。従業員全体に公平に反映されるのが特徴です。
ベースアップの種類
●一律ベア ●能力給ベア ●職種別ベア |
昇給とは?
「昇給」とは、従業員の給与が勤続年数や能力・実績などに応じて増加する仕組みをいいます。企業が従業員の貢献度を評価し、モチベーション向上や長期的な雇用促進を図るための施策です。
昇給の種類
●普通昇給 ●特別昇給 ●臨時昇給 ●考課昇給 ●自動昇給 ●定期昇給 |
定期昇給と自動昇給の違い
「定期昇給」と「自動昇給」は、どちらも一定の基準で昇給が行われる制度です。しかし、実施条件に以下のような違いがあります。
●自動昇給:勤続年数や年齢などのあらかじめ定められた条件を基準とし、条件を満たすすべての従業員が一律に昇給する
●定期昇給:企業が規定した時期に、勤続年数などのあらかじめ定められた条件に加え、従業員一人ひとりの成果や業績を基に行う
賃上げ率の計算方法をわかりやすく解説
賃上げ率の算出にあたっては、対象となる給与項目の明確な定義と、適切な計算方法の理解が不可欠です。ここでは、賃上げ率の計算方法と、誤解を招きがちなポイントをわかりやすく解説します。
賃上げ率の計算式と具体例
賃上げ率は、基本的に以下の計算式で算出します。
(昇給後の給与 ÷ 昇給前の給与 - 1)× 100 |
ただし、実務においては、計算の前提を明確にしなければなりません。春季労使交渉(春闘)などの公式な場面では、通常、基本給をベースに賃上げ率が議論されます。これは、ベースアップ(ベア)が基本給の引き上げを指すためです。
一方で、企業の内部管理や総合的な人件費分析においては、基本給のみを対象とするのか、手当も含めた給与総額を対象とするのかを明確にする必要があります。
たとえば、基本給25万円の従業員に対して7,500円の賃上げを実施する場合、賃上げ率は以下のように計算されます。
(257,500円 ÷ 250,000円 - 1)× 100 = 3% |
この例では、賃上げ率は3%です。全社的な賃上げ率を算出する際は、対象となる従業員全体の賃上げ前後の給与総額を用いて計算することで、より正確な数値を把握できます。
なお、春闘など労使交渉の場面では、定期昇給分(賃金カーブ維持分)とベースアップ分を区別して計算・提示するのが一般的です。これにより、ベースアップによる実質的な賃金水準の引き上げ幅を明確にすることができます。
賃上げ率の誤解を解消するポイント
賃上げ率に関する主な誤解として「すべての従業員に一律の率が適用される」との認識があります。しかし実際には、年齢や職位・評価結果などによって適用される賃上げ率は異なるのが一般的です。
また「定期昇給とベースアップの混同」が起きているケースも少なくありません。定期昇給は個人の能力や成果に基づく給与の上昇であり、ベースアップは企業全体の給与水準の引き上げを指します。
なお、賃上げ率を検討する際は、単年度の数値だけでなく、中長期的な視点での人件費計画が重要です。特に、賃金カーブの維持に必要な原資と、追加的な賃上げのための原資は区別して考える必要があります。業界平均や競合他社の動向は参考にしつつも、自社の経営状況や人材戦略に基づいた適切な水準を設定することが求められます。
最新の賃上げ状況
2024年の春闘では、物価上昇への対応や人材確保の観点から、例年以上に賃上げへの注目が集まりました。ここでは、2024年春闘の最新の調査結果と2025年春闘の現状をもとに、最新の賃上げ動向について分析します。
2024年春闘の結果
2024年の春闘における賃上げ交渉は、近年にない高水準の妥結額となりました。
連合が2024年7月3日に公開した「第7回(最終)回答集計」によると、集計組合数5,284社の平均賃上げ額は15,281円(前年10,560円)で、平均賃上げ率は5.10%でした。賃上げ率が5%の大台に乗ったのは、1991年以来実に33年ぶりのことです。
このうち、昇給分とベースアップ分が明確に分かる組合3,639社に絞って見ると、平均賃上げ額は15,818円(内ベースアップ分10,694円)・賃上げ率は5.20%(内ベースアップ分3.56%)と、さらに高水準の結果となっています。
また、有期・短時間・契約等労働者の賃上げ額は、加重平均で時給62.70円(前年比+9.92円)・月給10,869円(前年比+4,041円)でした。概算の引上げ率はそれぞれ 5.74%・4.98%となり、時給で見ると一般組合員(平均賃金方式)を上回る結果となっています。
2025年春闘の動向
2024年11月28日、連合は「2025春季生活闘争 闘争方針」を発表しました。
同闘争方針では「みんなでつくろう!賃上げがあたりまえの社会」をメインスローガンに掲げ、2024年と同水準の賃上げ率維持を目指しています。2024年春闘で実現した5.1%という歴史的な賃上げを定着させることによる、デフレマインドからの脱却が狙いです。
特に注目すべきは、格差是正への取り組みです。企業規模による賃金格差の是正に向け、従業員300人未満の中小企業では6%・300人以上の企業では5%の賃上げを要求目標として設定しています。併せて、35歳で中位数30万3,000円・30歳で27万9,000円という具体的な賃金の最低到達目標も示されました。
非正規雇用の処遇改善も重要なテーマとなっています。同闘争方針では、経験年数5年以上の従業員には時給1,400円以上・全従業員に対しては時給1,250円以上を目指すなど、明確な数値目標が設定されました。
企業にとって、これらの動向は2025年以降の人材戦略を考える上で重要な指標となるでしょう。特に、実質賃金の改善と格差是正は、持続的な経済成長の実現に向けた重要な課題として位置づけられています。
関連記事:賃上げ率の見通しは?2025年春闘の予想や第3の賃上げについて解説
賃上げが企業にもたらすメリット
適切な賃上げは、企業の持続的な成長をかなえる重要な経営戦略のひとつです。ここでは、企業が賃上げを実施することで得られる主なメリットについて解説します。
従業員のモチベーション向上
賃上げは、従業員の仕事に対するモチベーションに直接的な影響を与えます。賃金の上昇は、従業員へ「自分の働きが評価されている」との実感を与えるため、仕事に対する意欲をより高めるからです。
この心理を踏まえ、賃上げと評価制度の見直しを組み合わせることにより、従業員のパフォーマンスの向上、ひいては企業としての生産性の向上も期待できるでしょう。
長期的な視点で見ると、賃上げは、従業員一人ひとりのモチベーション向上をはじめ、組織全体の活性化と業績向上を実現する効果的な施策といえます。
従業員の生活支援
賃上げは、企業の社会的責任(CSR)の観点からも重要な施策です。
物価上昇が続く近年、生活への不安を抱える労働者は少なくありません。その点、適切な賃上げは、従業員の生活不安を軽減し、仕事に集中できる環境づくりにつながります。
特に、若手従業員や子育て世代にとって、賃上げは、住宅取得や教育費の確保など将来設計を支える重要な支援です。
さらに、賃上げを通じた生活基盤のサポートは、従業員のメンタルヘルスの維持にも貢献し、結果として企業全体の生産性向上にもつながります。
人材の確保と定着
賃上げは、優秀な人材の確保と定着にも大きく貢献します。
採用市場において、初任給や昇給制度は求職者が企業を選択する際の重要な判断材料です。適切な賃上げを行い、競合他社との差別化を実現することで企業の採用市場における競争力が高まり、より質の高い人材の獲得が可能となります。
同時に、既存従業員の定着率も高まることから、人材育成にまつわるコストの削減が可能となるほか、技術やノウハウの円滑な継承も実現できます。
結果として、組織の知的資産の蓄積と活用が促進され、企業の持続的な成長基盤の強化が期待できるのです。
企業イメージの向上
物価上昇が続く経済環境下で、従業員の生活を支える賃上げを実施する企業は「従業員へ貢献する企業」として社会からの信頼を得やすくなります。
これは単なるイメージアップに留まらず、取引先や顧客からの評価向上や、新たなビジネスチャンスの創出にもつながるものです。企業の健全性や成長性を示すサインとしても機能するため、株主や投資家からの評価向上にも寄与するでしょう。
近年、ESG投資への関心は年々高まっています。適切な賃上げの実施は、企業の持続可能性を示す重要な指標であることから、投資家へのアピールとしても効果的です。
賃上げのデメリットとその対策
賃上げにはさまざまなメリットがありますが、その一方で、企業経営に一定のリスクをもたらす可能性もあります。ここでは、賃上げに伴うリスクとその対応策について解説します。
コスト増加への懸念
賃上げによる人件費の増加は、企業の収益構造に直接的な影響を与えます。特に、サービス業など、売上高に占める人件費比率が高い業種では、賃上げにともなうコスト増加の影響が大きくなります。
コスト増加への対応策としては、価格転嫁や生産性向上が有効です。具体的には、業務プロセスの見直しによる効率化・デジタル技術の活用による生産性向上・付加価値の高い商品やサービスの開発による利益率の改善などが考えられます。
競争力低下のリスク
賃上げに伴うコスト増加は、企業の価格競争力に影響を与える可能性があります。海外企業との競争が激しい業界や、もともと価格競争が激しい業界では、この影響が顕著です。
中でも、商品やサービスの差別化が難しい業界では、価格競争力の低下が売上の減少に直結するリスクがあります。
これらの課題への対策としては、業務効率化による原価低減・高付加価値商品へのシフト・新規事業開発による収益源の多様化など、総合的な経営戦略の見直しが求められます。
長期的な持続可能性の課題
いったん上げた賃金水準を引き下げるのは簡単なことではありません。仮に賃下げを実行した場合、従業員のモチベーションや労使の信頼関係に大きな影を落とす可能性があります。
この点を踏まえると、人手不足や物価の上昇など、先の見通せない社会情勢の中で賃上げを行うことは、企業にとって大きなリスクです。場合によっては、人件費が企業経営を圧迫し、取り返しのつかない事態に陥る可能性も否定できません。
この課題をクリアするためには、基本給と変動給の適切なバランス設計が大切です。業績連動型の賞与制度の導入や、職務給・役割給の要素を取り入れた給与体系の整備などが有効な対策となります。
賃金格差の拡大
賃上げの実施において、従業員間の賃金格差は重要な課題です。一般的に、正規・非正規雇用間の賃金格差は依然として大きく、同一労働同一賃金の観点からも適切な対応が求められています。
また、年齢や職位による賃金の大きな格差は、若手従業員のモチベーション低下や中途採用の障壁となる可能性があります。
これらの課題に対しては、職務内容や成果に基づく公平な評価制度の整備が不可欠です。評価基準の透明化や、評価者研修の実施などを通じ、公平性のある賃金体系の構築を目指すことが大切です。
賃上げが難しい場合の選択肢
賃上げの必要性は十分に認識しつつも、現実的に賃上げが困難な企業は少なくありません。ここでは、賃上げの代替として効果的な施策について解説します。
評価制度の見直し
人事評価制度を適切に見直すことで、限られた予算でも効果的な処遇改善が可能です。
中でも、近年注目されているのが職務給の導入です。職務給は、従業員の個人的な属性や勤続年数ではなく、職務の価値や責任範囲に基づいて給与を決定する制度です。これにより、年功序列型の評価制度から脱却し、成果や職務内容に応じた公平な報酬体系を構築できます。
職務給の導入に合わせて、評価基準の透明化や評価項目の見直しも重要です。たとえば、成果に基づく評価項目の明確化や、評価者への適切なトレーニングを実施することで、評価の信頼性を高めることができます。
公平性と納得性を重視した評価制度の見直しは、従業員のモチベーション向上に寄与すると同時に、組織の持続可能な成長を支える重要な要素となります。
キャリア形成支援
近年、終身雇用制度が過去のものとなる中で、キャリアアップのための転職を検討・実行する人が増えています。「転職するにせよ、しないにせよ、スキルアップは必要」と考える従業員にとって、キャリア形成支援は賃上げと並ぶ重要な報酬といってもおおげさではありません。
具体的な施策としては、資格取得支援制度の導入・副業や兼業の容認・教育研修プログラムの拡充などが挙げられます。
各従業員のキャリアプランに応じた成長機会を提供し、それを適切に評価・処遇に反映させる仕組みづくりを進めましょう。
福利厚生による第3の賃上げ
従来の賃上げには「定期昇給」と「ベースアップ」という2つの方法があります。ここに加え、近年注目されているのがエデンレッドジャパンが提案する、福利厚生を活用した「第3の賃上げ」です。
これは福利厚生の非課税枠を利用した新しい賃上げの形で、従業員の実質手取りを増やしながら、企業の税負担も抑えられる効果的な手法です。
たとえば、同じ金額を福利厚生として従業員へ提供した場合と、給与として提供した場合とを比較すると、福利厚生として提供した場合の方が従業員の実質的な手取り額は多くなります。併せて、企業側の法人税も軽減されるメリットがあります。
物価上昇が続く現在、「第3の賃上げ」は、従業員の満足度向上と企業の持続的な成長を両立させる選択肢として注目を集めています。
参考記事:“福利厚生”で実質手取りアップと高いエンゲージメントの実現を「#第3の賃上げアクション」プロジェクト
食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」
「第3の賃上げ」を検討・導入する企業の中で、近年特に注目を集めているサービスに、エデンレッドジャパンが提供する食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」があります。
「チケットレストラン」は、一定の条件下で利用することにより、全国25万店以上の加盟店での食事が半額になる福利厚生サービスです。
コンビニやファミレス・カフェなど選択肢が幅広く、勤務時間内であれば利用する時間や場所の制限もありません。
日常に欠かせない食費のサポートを通じて従業員の実質的な手取りを増やせる点が高く評価され、大企業に比べて大幅な賃上げが難しい中小企業に多く選ばれるサービスとなっています。
参考記事:「チケットレストラン」の仕組みを分かりやすく解説!選ばれる理由も
賃上げや代替策の実施で従業員満足度の高い企業へ
企業の持続的な成長を考える上で、賃上げ率をどう設定し、実行するかは重要なポイントです。とはいえ、企業の体力や市場環境によっては、理想とする賃上げ率の実現が難しい場合もあるでしょう。
そこで効果的なのが、「評価制度の見直し」や「キャリア形成支援」「福利厚生」など、賃上げの代替となる施策の導入です。中でも「チケットレストラン」のような福利厚生は、直接的に従業員の生活を支えながら実質的な手取りを増やせることから「第3の賃上げ」として注目を集めています。
自社にぴったりの施策を検討し、従業員の満足度向上と企業の持続的な成長の両立を目指してはいかがでしょうか。