監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
従業員がメンタルの不調で3か月休職した場合、有給休暇は通常通り付与されるのでしょうか?実は、この判断は企業に委ねられており、就業規則の書き方次第で大きく変わります。本記事では、傷病休暇制度の適切な制度設計ポイントを解説します。
傷病休暇制度の基本
傷病休暇制度の仕組みを説明します。
法的位置づけ
傷病休暇は、法律で設置が義務付けられている制度ではなく、企業が任意で設けるものです。ボランティア休暇や裁判員休暇と同様に、特別休暇として取り扱われます。
制度を設けるのであれば、その内容は就業規則に記載しなければなりません(労働基準法第89条)。また、傷病休暇を有給とするか無給とするかは企業の判断に委ねられています。厚生労働省の調査では、約4割弱(37.4%)の企業が無給で運用しています。
業務上の傷病休暇(労災対象となる傷病やけが)と私傷病休暇の違い
傷病休暇は2種類です。業務中や通勤中のけがなどの「業務上の傷病休暇(労災体調となる傷病やけが)」と、メンタル不調や闘病などの「私傷病休暇」があります。違いを以下表にまとめます。
項目 | 業務上の傷病休暇(労災対象となる傷病やけが) | 私傷病休暇 |
原因 | 業務上・通勤中の傷病 | 業務外の傷病 |
補償 | 労災保険による補償あり | 企業の義務なし |
傷病手当金 | 支給されない | 支給対象 |
業務上の傷病による公傷病休暇の場合、企業(あるいは労災保険)からの補償があるため傷病手当金は支給されません。私傷病休暇のみが傷病手当金の対象となります。
なお、業務上の傷病への補償と、通勤中の傷病への補償との違いは以下のとおりです。
- 労働災害:労働基準法第8章の「災害補償」で事業主に補償義務があり、労災保険で補償される。
- 通勤災害:労災保険で補償される。
通勤災害の場合は、事業主の補償義務はありませんが、労災給付の対象となります。
傷病手当金の基本(健康保険法)
傷病手当金は、私傷病休職中の従業員への生活保障として健康保険から支給される手当です。
傷病手当金の支給条件
傷病手当金の支給では、以下全ての条件を満たす必要があります。
- 健康保険加入
- 業務外での病気やけがによる傷病
- 医師の就労不能診断
- 連続3日+1日以上の休業
- 不就労日が無給
ポイントは、連続3日の待機期間は有給無給問われないことです。有給を消化することもできます。
休んだ日が連続して3日間(待期期間と呼ばれる)となる考え方として、以下があります。
出典:全国健康保険協会|病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)
傷病手当金の支給期間・金額
支給期間について、算出した金額が支給されます。
- 期間:支給開始日から通算1年6か月
- 金額:支給開始日以前12か月の標準報酬月額の平均÷30×3分の2
一部休業などで給与が支払われた場合は、その給与額が傷病手当金を下回る場合は、差額を支給します。一度復職した後に同じ病気で再度休職した場合でも、通算1年6か月の範囲内であれば待期期間なしで継続して受給できます。また、退職後も一定の条件を満たせば継続受給が可能です。
出典:全国健康保険協会|病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)
年次有給休暇の付与要件(労働基準法第39条)
ここからは、年次有給休暇の付与要件についてです。
年次有給休暇付与の基本要件
年次有給休暇の付与には以下の要件が必要です(労働基準法第39条)。
- 雇入れの日から6か月継続勤務
- 算定期間(付与基準日前1年間)における全労働日の8割以上出勤
出勤率の計算式
出勤率は以下の計算式で算出します。
- 出勤率 = 出勤日数 ÷ 全労働日
その際、「出勤したものとみなされる日」と「出勤日数から除外する日」を加除して計算します。
【出勤したものとみなされる日(労働基準法上の規定)】
以下の期間は、「出勤したもの」として取り扱います。
- 業務上の怪我や病気(業務災害)で療養するために休んだ期間
- 年次有給休暇を取得した日
- 育児・介護休業を取得した日
- 産前産後休業を取得した日
【全労働日から除外される日】
以下の期間は全労働日から除外します。
- 休日労働させた日(法定休日)
- 使用者都合・責任で休業した日
- 就業規則により休日とされている日に労働させた日(法定外休日)
- 正当なストライキその他の正当な争議行為により労働していない日
私傷病休暇期間を有給付与でどう取り扱うのか?
年次有給休暇の出勤率の算定に際し、私傷病休暇期間をどのように取り扱うかについては、法律上の規定はありません。私傷病休暇の場合、次のような計算方法があります。
- 分母・分子から除外する方法:私傷病休暇期間は「労働義務が免除されている期間」と考え、出勤率計算から完全に除外する
- 欠勤扱いにする方法:休職期間を欠勤として計算し、分母(全労働日)に含めた上で分子(出勤日数)には入れない
傷病休暇はあくまで企業の裁量で規定する制度です。出勤率の算定に当たって私傷病休暇期間をどのように取り扱うかは、就業規則等にどのように定めるかによります。
傷病休暇制度設計時の必須事項
企業ごとに取り扱いが異なるため、就業規則の明記によるルール設定が重要になります。
具体的には、傷病休暇制度、出勤率計算方法、有給付与について詳しく記載しましょう。
具体的な扱いを定めたら、周知徹底することで後のトラブル予防につながります。
就業規則への記載例
厚生労働省のパンフレットで、以下のとおり就業規則への記載例があります。
(病気休暇)(※傷病休暇と同義)
第○条 労働者が私的な負傷又は疾病のため療養する必要があり、その勤務しないことがやむを得ないと認められる場合に、病気休暇を_日与える。
2 病気休暇の期間は、通常の賃金を支払うこと/無給とする。
出典:厚生労働省|支えられる安心支える安心
また、出勤率の計算については、以下のような記載が可能です。
(出勤率の算定)
第○条 私傷病による休職期間は、年次有給休暇の出勤率算定において全労働日数から除外する。
企業独自の配慮も可能
法律で定められているのは、出勤率8割未満の労働者には有給休暇を付与しなくても良い、ということであり、「有給休暇を付与してはいけない」ということではありません。
法定付与日数を上回る有給休暇を付与するとしている場合には、上回る有給休暇については、出勤率などの付与要件を自由に定められます。
継続勤務年数への影響
特定の年度で出勤率が8割に満たず付与日が0日になったとしても、当該年度の有給休暇の付与が0日になるだけで、継続勤務年数に応じた付与日数がリセットされるわけではありません。
例えば、2年6か月で出勤率が8割を超えれば有給休暇は12日付与されます。
- 1年6か月時:出勤率8割未満→付与0日
- 2年6か月時:出勤率8割以上→12日付与(継続勤務年数に応じた日数)
出典:厚生労働省|年次有給休暇とはどのような制度ですか。パートタイム労働者でも有給があると聞きましたが、本当ですか。
休職後の有給休暇付与日数 具体例
有給休暇の付与日数を、ケースごとにみていきましょう。
ケース1:私傷病による休職期間を出勤率計算から除外する
私傷病による休職期間を計算から除外する場合、分母が小さくなるため8割要件をクリアしやすくなります。
例:年間労働日240日、3か月休職(60日)、実際の出勤日150日の場合
150日 ÷(240日 - 60日)= 150日 ÷ 180日 = 83.3%
これなら8割の要件をクリアできます。
参考として、休職期間を除外しない場合は以下となり、要件をクリアできません。
150日 ÷ 240日 = 62.5%(要件未達)
ケース2:欠勤扱いとする
私傷病休職期間を欠勤扱いとする場合、分母に休職日数も含むため8割要件のクリアが困難になります。
例:年間労働日240日、3ヶ月休職(60日)、実際の出勤日150日の場合
150日 ÷ 240日 = 62.5%
8割要件未達です。病気で長期休職した従業員は有給休暇の付与を受けられなくなるリスクが高まります。
参考:出勤率8割未満となる場合の企業対応
出勤率8割未満となると、当年度の有給付与日数は0日となります。翌年度8割以上の出勤日となれば、継続勤務年数に応じた有給休暇が付与されます。
前述のとおり、実務としては労働者の病気等の出勤できなかった事情を考慮して、企業独自に有給休暇を付与することは可能です。
傷病休暇は労使安心の設計にしよう
制度設計では、傷病休暇だけでなく、従業員の心身の健康を総合的に支える仕組みが重要です。予防的な取り組みとして、ストレス軽減に効果的な福利厚生の充実も検討しましょう。
例えば、日々の食事サポートを通じて従業員の満足度を高める「チケットレストラン」のような食事に関する福利厚生も、働きやすい職場環境づくりの一環として注目されています。
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