監修者:舘野義和(税理士・1級ファイナンシャルプランニング技能士 舘野義和税理士事務所)
「中小企業経営強化税制」は、設備投資を通じて生産性向上を図る中小企業を支援する制度です。この制度を利用した中小企業は、一定のルールのもとで新たな設備の導入や製作をした際、特別償却や税額控除を受けられます。本記事では、制度の概要や手続きを詳しく解説します。制度の利用にあたっての注意点やよくある質問についても網羅しているので、ぜひ参考にしてください。
「中小企業経営強化税制」とは
「中小企業経営強化税制」は、中小企業の設備投資を促進し、生産性向上を図ることを目的とした税制措置です。いわゆる「設備投資減税」の一環で、この制度を活用することにより、企業は設備投資にかかる税負担を軽減し、経営基盤を強化することができます。まずは、制度の基本情報を整理していきましょう。
「中小企業経営強化税制」の概要
中小企業経営強化税制は、中小企業等経営強化法に基づく支援措置のひとつです。この制度では、認定を受けた経営力向上計画に基づいて設備投資を行う中小企業に対し、税制上の優遇措置が適用されます。
制度の特徴として、A~Dの4つの類型があり、それぞれ異なる要件と対象設備が定められています。A類型は生産性向上設備・B類型は収益力強化設備・C類型はデジタル化設備・D類型は経営資源集約化に資する設備が対象です。
適用期限は、当初令和3年(2021年)3月31日まででしたが、2度の延長が行われ、2024年7月現在は令和7年(2025年)3月31日までとなっています。
この制度を利用する企業は、特別償却と税額控除のいずれかを選択可能です。選択は設備ごとに行うことが可能で、企業の状況に応じて有利な方を選ぶことができます。
参考:国税庁|No.5434 中小企業経営強化税制(中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除)
特別償却の場合
特別償却を選択した場合、対象設備の取得価額の全額を初年度に償却できます。これは即時償却とも呼ばれ、設備投資を行った年度に多額の経費計上が可能です。特別償却には、以下に挙げるメリット・デメリットがあります。
- メリット:初年度の課税所得を大きく圧縮し、法人税負担を大幅に軽減できる
- デメリット:翌年度以降の減価償却費が少なくなるため、長期的に課税所得が増加する可能性がある
特別償却は、投資初年度の税負担軽減効果が大きいため、翌年以降の課税所得の増加に備え、長期的な財務の安定を確保する必要があります。
参考:中小企業庁|中小企業等経営強化法に基づく支援措置活用の手引き
税額控除の場合
税額控除を選択した場合、対象設備の取得価額の7%(資本金3,000万円以下の法人等は10%)相当額を、法人税額から控除することができます。ただし、控除額には上限があり、その事業年度の法人税額の20%が限度となります。
税額控除のメリット・デメリットは以下のとおりです。
- メリット:法人税額を直接減額できる。控除しきれなかった金額は、1年間の繰越しが可能
- デメリット:特別償却と比べて初年度の節税額が少ない場合がある
税額控除は、安定した利益を上げている企業や、長期的な節税効果を求める企業に適しています。また、赤字決算の場合でも翌年度に繰り越せるため、業績の変動が大きい企業にも有効です。
背景と目的
中小企業経営強化税制が創設された背景には「日本経済の持続的な成長を実現するためには、企業数の99.7%を占める中小企業の生産性向上が不可欠である」との認識があります。
なお、本制度の主な目的は以下の3点です。
- 中小企業の設備投資を促進し、生産性向上を図ること
- 中小企業のデジタル化や経営革新を支援すること
- 事業承継や事業再編を通じた経営資源の集約化を促進すること
これらの目的を達成することで、中小企業の競争力強化と持続的な成長を支援し、ひいては日本経済全体の活性化につなげることを目指しています。
「中小企業経営強化税制」の対象者
中小企業経営強化税制の適用対象となるのは、以下の条件に該当し、かつ中小企業等経営強化法に規定する経営力向上計画の認定を受けた事業者です。
- 資本金または出資金が1億円以下の法人
- 資本金または出資金を有しない法人のうち、常時使用する従業員数が1,000人以下の法人
- 常時使用する従業員数が1,000人以下の個人
- 協同組合等
ただし、以下の場合は適用対象外となります。
・大規模法人(資本金1億円超)の子会社
・複数の大規模法人に発行済株式の3分の2以上を所有されている法人
・前3事業年度の平均所得金額が15億円を超える法人
対象設備
中小企業経営強化税制の対象となる設備は、類型によって異なります。ここでは、A〜D各類型に共通する条件を紹介します。
・機械装置(160万円以上)
・工具(30万円以上)
・器具備品(30万円以上)
・建物附属設備(60万円以上)
・ソフトウェア(70万円以上)
加えて、以下の条件を満たす必要があります。
- 生産・販売・役務提供などの収益獲得に直接使用する設備であること
- 国内の事業用に供されること
- 新品であること
【中小企業経営強化税制】手続きの流れ
中小企業経営強化税制を利用する際の手続きは、A~D類型によって異なります。各類型には特有の要件や必要書類があるため、自社の状況に合わせて適切な類型を選択することが重要です。
以下、各類型の手続きの流れを説明します。
A類型|生産性向上設備
A類型(生産性向上設備)の手続きの流れは以下の通りです。
出典:中小企業庁|中小企業等経営強化法における経営力向上設備等に関する税制措置に係る工業会証明書の取得の手引き
- 申請者(中小事業者等)が、対象となる設備を生産した機器メーカー等(以下「設備メーカー等」)に証明書の発行を依頼する
- 依頼を受けた設備メーカー等が、証明書及びチェックシートに必要事項を記入し、当該設備を担当する工業会等の確認を受ける(必要に応じて裏付けとなる資料等を添付)
- 工業会等が、設備メーカー等から裏付けとなる資料等を取り寄せ、証明書及びチェックシートの記入内容を確認して設備メーカー等へ証明書を発行する
- 工業会等から証明書の発行を受けた設備メーカー等が、依頼元の申請者に証明書を転送する
- 申請者は、4.の確認を受けた設備について経営力向上計画に記載し、認定の申請をする。(経営力向上計画の申請書に、4.の証明書の写しを添付する)
- 5.の申請について認定を受ける
- 申請者が、対象となる設備等を取得する
- 申請者が税務申告にて税制措置の適用を受ける(4.の証明書・5.の申請書及び認定書・それぞれの写しを添付する)
B類型|収益力強化設備
B類型(収益力強化設備)の手続きの流れは以下の通りです。
出典:中小企業庁|中小企業等経営強化法の経営力向上設備等のうち収益力強化設備(B 類型)に係る経産局確認の取得に関する手引き
- 申請者(中小事業者等)が申請書に必要事項を記入し、必要書類(申請書の裏付けとなる資料等)を添付の上、公認会計士又は税理士の事前確認を受ける
- 公認会計士又は税理士が、申請書と裏付けとなる資料に誤りがないか等を確認し、「事前確認書」を発行する
- 申請者は、必要に応じて申請書の修正や添付書類の追加等を行い、2.の事前確認書を添付の上、本社所在地を管轄する経済産業局に、申請書を持参・説明する
- 経済産業局は、3.から1カ月以内に、2.の事前確認書・申請書・添付書類に基づき、確認書を発行する
- 申請者は、4.の確認を受けた設備について、経営力向上計画に記載して主務大臣へ申請をする(経営力向上計画の申請書に、4.の確認書及び確認申請書それぞれの写しを添付する)
- 主務大臣より計画認定を受ける
- 申請者が、対象となる設備等を取得する
- 申請者が税務申告にて税制措置の適用を受ける(4.の確認書・5.の申請書及び認定書それぞれの写しを添付する)
- 申請者は、申請書の計画期間内(設備の取得等をする年度の翌年度以降3年間)について、設備の取得等を行った事業年度の翌事業年度終了後4カ月以内に、申請書の実施状況を、確認書の交付を受けた経済産業局に提出する
C類型|デジタル化設備
C類型(デジタル化設備)の手続きの流れは以下の通りです。
出典:中小企業庁|中小企業等経営強化法の経営力向上設備等のうちデジタル化設備(C 類型)に係る経産局確認の取得に関する手引き
- 申請者(中小事業者等)が申請書に必要事項を記し、必要書類(当該申請書の裏付けとなる資料等)を添付の上で認定経営革新等支援機関に投資計画案の事前確認を依頼する
- 認定経営革新等支援機関は、申請書と裏付けとなる資料に誤りがないか等を確認し、「事前確認書」を発行する
- 申請者は、必要に応じて申請書の修正や添付書類の追加等を行い、2.の事前確認書を添付の上、本社所在地を管轄する経済産業局に連絡・郵送する
- 経済産業局は、申請書が到達してから1カ月以内に、申請書が経営力向上設備等の投資計画として適切かどうかを判断の上、確認書を発行する
- 申請者は、4.の確認を受けた設備について経営力向上計画に記載し、主務大臣へ申請をする(経営力向上計画の申請書に4.の確認書及び確認申請書それぞれの写しを添付する)
- 主務大臣より計画認定を受ける
- 申請者が、対象となる設備等を取得する
- 申請者が税務申告にて税制措置の適用を受ける(4.の確認書・5.の申請書及び認定書それぞれの写しを添付する)
D類型|経営資源集約化に資する設備
D類型(経営資源集約化に資する設備)の手続きの流れは以下の通りです。
出典:中小企業庁|中小企業等経営強化法の経営力向上設備等のうち経営資源集約化に資する設備(D 類型)に係る経産局確認の取得に関する手引き
- 申請者(中小事業者等)が申請書に必要事項を記入し、必要書類(申請書の裏付けとなる資料等)を添付の上、公認会計士又は税理士の事前確認を受ける
- 公認会計士又は税理士が、申請書と裏付けとなる資料に誤りがないか等を確認し、「事前確認書」を発行する
- 申請者は、必要に応じて申請書の修正や添付書類の追加等を行い、2.の事前確認書を添付の上、本社所在地を管轄する経済産業局に、申請書を持参・説明する
- 経済産業局は、3.から1カ月以内に、2.の事前確認書・申請書・添付書類に基づき、確認書を発行する
- 申請者は、4.の確認を受けた設備について、経営力向上計画に記載して主務大臣へ申請をする(経営力向上計画の申請書に、4.の確認書及び確認申請書それぞれの写しを添付する)
- 主務大臣より計画認定を受ける
- 申請者が、対象となる設備等を取得する
- 申請者が税務申告にて税制措置の適用を受ける(4.の確認書・5.の申請書及び認定書それぞれの写しを添付する)
- 申請者は、申請書の計画期間内(設備の取得等をする年度の翌年度以降3年間)について、設備の取得等を行った事業年度の翌事業年度終了後4カ月以内に、申請書の実施状況を、認定を受けた主務大臣に提出する
「中小企業経営強化税制」の注意点
中小企業経営強化税制を活用する際には、いくつかの重要な注意点があります。以下、主要な注意点について解説します。
「特別償却」と「税額控除」の重複は不可
中小企業経営強化税制では、特別償却と税額控除のいずれかを選択して適用することができますが、同一の設備に対して両方の措置を同時に適用することはできません。なお、設備ごとに異なる措置を選択することは可能です。
計画認定の時期に注意
中小企業経営強化税制を利用するためには、原則として設備を取得する前に経営力向上計画の認定を受ける必要があります。計画の認定には通常30日程度(複数省庁にまたがる場合は45日程度)かかりますので、設備投資のスケジュールを立てる際には、この期間を考慮に入れることが重要です。
ただし、例外的に設備取得後60日以内に計画が受理される場合も認められています。しかし、この場合でも、遅くとも設備を取得し事業の用に供した年度(各企業の事業年度)内に認定を受ける必要があります。年度をまたいで認定を受けた場合、税制措置の適用を受けることはできません。
設備の取得時期と事業供用時期
税制措置の適用を受けるためには、認定を受けた経営力向上計画に基づいて設備を取得し、その設備を事業の用に供する必要があります。ここで注意すべきは、「取得」と「事業の用に供する」時期が異なる場合があるということです。
「取得」とは、設備の所有権を得たこと、つまり設備を購入等したことを指します。一方、「事業の用に供する」とは、その設備を実際に使用して事業活動を開始することを意味します。
例えば、機械装置を購入しても、工場への設置や試運転が完了するまでは「事業の用に供した」とはみなされません。税制措置の適用は、設備を「事業の用に供した」日の属する事業年度になりますので、年度末近くに設備を取得する場合などは特に注意が必要です。
「中小企業経営強化税制」のよくある質問
中小企業経営強化税制について、よくある質問をまとめました。制度を利用する際の参考にしてください。
参考:中小企業庁|中小企業経営強化税制 Q&A集(ABCD類型共通)
中古設備は対象になりますか?
中古設備は中小企業経営強化税制の対象外です。本税制の対象となる設備は、新品の設備に限定されています。これは、最新の設備導入による生産性向上を促進するという本制度の趣旨に基づいています。
設備の修繕は対象になりますか?
設備の修繕や改修は、原則として中小企業経営強化税制の対象外です。
ただし、修繕や改修の内容が資本的支出に該当し、実質的に新たな資産を取得したと認められる場合には、例外的に対象となる可能性があります。例えば、単なる現状復帰ではなく、設備の機能や性能が著しく向上する場合などです。
判断が難しい場合は、税理士や所轄の税務署に相談するのがおすすめです。
リース取引で取得した設備は対象になりますか?
リース取引で取得した設備も、一定の条件を満たせば、中小企業経営強化税制の対象となります。ただし、適用できる措置には違いがあります。
所有権移転ファイナンス・リース取引の場合は、特別償却と税額控除の両方が適用可能です。一方、所有権移転外ファイナンス・リース取引の場合は、税額控除のみが適用可能で、特別償却は適用できません。
なお、オペレーティング・リース取引(いわゆる賃貸借取引)は対象外となります。
計画認定後に設備を追加したい場合はどうすればよいですか?
計画認定後に新たな設備を追加したい場合は、変更申請を行い、再度主務大臣の認定を受ける必要があります。
変更申請の審査期間も新規申請と同様に約30日かかりますので、設備の取得予定日に余裕をもって申請することが重要です。また、設備の取得は変更計画の認定後に行う必要がありますので、スケジュール管理には十分注意してください。
中小企業の成長戦略に不可欠な設備投資と福利厚生の充実
「中小企業経営強化税制」は、設備投資を通じて企業の生産性向上と競争力強化を支援する重要な制度です。この税制を活用することで、最新設備の導入や事業のデジタル化、事業承継に伴う経営革新などを、税制面でのサポートを受けながら進めることができるでしょう。
一方で、企業の成長戦略には設備投資だけでなく、人材の確保・育成も欠かせません。特に近年は、従業員の健康と働きがいを重視する企業が増えています。その一環として、食事補助などの福利厚生の充実に取り組む企業も増えています。
例えば、エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」の場合、全国25万店以上もの加盟店での食事を半額で利用できる食事補助の福利厚生サービスです。街のいたるところに社員食堂があるような利便性が評価され、すでに2,000社以上の企業に導入されています。
設備投資と人材戦略の両面から、自社の成長戦略を検討し、さらなる企業価値の向上を図ってみてはいかがでしょうか。