監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
2025年年金制度改正により、週20時間以上の労働で企業規模に関係なく社会保険加入が段階的に義務化されます。第3号被保険者制度自体は廃止されません。一方で、パート労働者の選択肢が拡大し、「年収106万円の壁」は実質的に意味を持たなくなります。
2027年10月から段階的に適用対象が拡大するため、企業においては労務管理体制の整備と従業員への適切な情報提供が急務となります。
本記事では、企業の人事担当者として「専業主婦の年金」と呼ばれる第3号被保険者制度と社会保険適用拡大について、適切な情報提供を行うために必要な知識を整理しました。
現在の専業主婦年金制度(第3号被保険者制度)の概要
専業主婦の年金とも言われる第3号被保険者について説明します。
第3号被保険者制度とは
第3号被保険者制度は、会社員や公務員(第2号被保険者)に扶養されている配偶者で、原則として年収130万円未満の20歳以上60歳未満の方が対象となる制度です。年収130万円未満であっても、厚生年金保険の加入要件にあてはまる場合、厚生年金保険に加入しますので、第3号被保険者に該当しません。
対象者は第2号被保険者全体で負担するため、自身で国民年金保険料を納付することなく、将来基礎年金を受給する権利を得られます。
第3号被保険者制度の成り立ち
制度の成り立ちは40年前に遡ります。夫婦を一つの経済単位として捉え、夫のみが働く世帯で配偶者の老後保障を確保することにありました。
「令和5年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」(令和6年12月公表)では、現在約686万人が制度を利用しており、その大部分が女性(制度の女性利用割合約98%)となっています。
出典:令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況 令和6年 12 月 厚生労働省年金局
出典:日本年金機構|第3号被保険者とは何ですか。
出典:日本年金機構|た行 第3号被保険者
制度利用者の現状
第3号被保険者の内訳を見ると、就労していない文字通りの専業主婦と、年収130万円以内に抑えているパート労働者が含まれていることがわかります。後者の中には、社会保険加入を避けるために就業時間や収入を調整している「年収の壁」に直面している人も少なくありません。
厚生労働省「第23回社会保障審議会年金部会の資料」によると、約65万人が年収を意識した就業調整を行っている見込みで、労働力の有効活用を阻害する要因の一つとなっています。
出典:厚生労働省|第23回社会保障審議会年金部会資料 被用者保険の適用拡大及び第3号被保険者制度を念頭に置いたいわゆる「年収の壁」への対応について②
2025年年金制度法改正が「専業主婦」へ与える影響
2025年の年金制度法改正で「第3号被保険者」にどのような影響があるのかを説明します。
パート労働者の厚生年金適用拡大による影響
今回の改正で最も注目すべき点は、短時間労働者に厚生年金適用範囲を段階的に拡大することです。
新ルールは「週20時間働く場合は社会保険加入」
社会保険(厚生年金・健康保険)への加入要件をシンプル化し、「週20時間働けば、社会保険に加入すること」が義務付けられます。また、実施は段階を踏んだスケジュールで実施します。
賃金要件の撤廃
現在の月額8.8万円以上(年収106万円相当)の要件についても、最低賃金の上昇を見極めて3年以内に撤廃されます。最終的には、週20時間以上の労働で企業規模に関係なく厚生年金加入となります。
企業の規模要件の段階的な縮小・撤廃
企業規模の要件が、以下の通り10年間で段階的に見直されます。最終的には、勤め先の規模によらず、社会保険への加入が義務化されます。
企業規模要件の撤廃スケジュールは以下です。
年月 | 対象となる企業規模 |
現在 | 従業員51人以上の企業 |
2027年10月〜 | 従業員36人以上の企業 |
2029年10月〜 | 従業員21人以上の企業 |
2032年10月〜 | 従業員11人以上の企業 |
2035年10月〜 | 従業員数10人以下の企業(企業規模要件の事実上撤廃) |
労使合意により、上記スケジュールを待たずに加入することもできます。
出典:厚生労働省|年金制度総論
個人事業所への適用対象拡大による影響
常時5人以上の者を使用する個人事業所において、法律で定める17業種に該当しない場合(※)、社会保険の適用対象外となっていました。これについて、2029年10月より、適用対象への拡大が行われます。ただし、2029年10月時点で事業所がすでに存在している場合は、当分の間対象外とされます。
非適用業種が原則として解消されることで、常時5人以上を使用する個人事業所が、社会保険への加入対象となる可能性が増えます。
※加入の対象とならない業種:農業・林業・漁業、宿泊業、飲食サービス業、洗濯・理美容・浴場業、娯楽業 、 デザイン業、警備業、ビルメンテナンス業、政治・経済・文化団体、宗教等
出典:厚生労働省|年金制度改正法が成立しました
出典:厚生労働省|年金制度総論
2025年年金制度法改正:第3号被保険者への影響をポイントで整理
第3号被保険者の廃止は、働き方を多様化し自ら社会保険への加入を促すことで第3号被保険者の割合を相対的に減らすことがポイントです。
- 賃金要件の撤廃→企業規模要件の撤廃→非適用業種の解消
上記の流れにより、専業主婦(主夫)を減らしていく方向性です。
ポイント1.直接的な制度変更はなし
今回の改正において、第3号被保険者制度自体の廃止や縮小は行われません。現在専業主婦(就労していない方)で第3号被保険者の方は、引き続き第3号被保険者であり続ける選択ができます。
ポイント2.パート就労時の選択肢拡大
第3号被保険者であり、かつパートで働いている方については、選択肢が拡大します。
- 週20時間以内に就業時間を調整して第3号被保険者を継続
- 企業規模や年収要件の段階的緩和により社会保険に加入
上記のどちらかの選択肢を選ぶことになります。
社会保険に加入すると、以下のようなメリットがあります。
- 将来の年金受給額が増加(基礎年金+厚生年金)
- 保険料の事業主負担(労使折半)
- 傷病手当金や出産手当金などの健康保険からの給付
- 万一の際、障害年金や遺族年金支給
ただし、社会保険加入により手取り収入は一時的に減少する可能性もあるため、長期的な視点での検討が重要になります。
関連記事:【税理士監修】106万円の壁撤廃はいつから?撤廃でどうなるか影響を解説
ポイント3.就業調整への影響
賃金要件の撤廃により、いわゆる「年収106万円の壁」は意味を持たなくなります。10年かけて段階的に実施されます。これまで年収を意識して就業調整していた場合、働き方に変化が生じる可能性が高いでしょう。
社会保険適用拡大における国の支援制度
新たに社会保険の適用対象となる短時間労働者に対して、国は企業と従業員の両方を支援する制度を設けています。
企業への支援制度
新たに社会保険加入対象となる短時間労働者がいる場合、以下の支援が活用できます。
- 社会保険料の事業主負担分を国が全額支援(最大3年間)
- 社会保険の加入にあたり労働者の収入を増加させる事業主への支援(詳細は今後発表予定)
- 加入拡大に関する事務支援や生産性向上等に資する支援(詳細は今後発表予定)
他にも現在利用可能なキャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)では、労働者一人当たり最大50万円の助成が受けられます。また、令和7年7月1日施行予定で、キャリアアップ助成金に(短時間労働者労働時間延長支援コース)を新設し、2年間で労働者1人当たり最大75万円を支援する措置も検討されています。
これらの支援制度を適切に活用することで、企業の負担を大幅に軽減しながら従業員の処遇改善を図ることができます。
出典:厚生労働省|キャリアアップ助成金
出典:厚生労働省|年金制度総論
出典:労働新聞社 130万の壁対策 2年間で最大75万円 助成金に新コース 厚労省
従業員への支援制度(就業調整を減らすための保険料調整)
新たに社会保険加入となる短時間労働者の保険料を最大3年間軽減できる仕組みが打ち出されました。就業調整を減らし、被用者保険の持続可能性の向上につなげることを目的とした措置です。以下のような支援策が挙げられています。
出典:厚生労働省|年金制度総論
また、労働者の負担割合については、以下を参考にしてください。
出典:厚生労働省|社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律の概要
【企業向け】第3号被保険者の社会保険適用拡大で必要な対応
次の4つについて、対応方法の整理をおすすめします。
1.従業員への情報提供
パートで働く方やその配偶者に社会保険加入のメリットと制度変更のスケジュールを正確に伝えることが大切です。現在「年収の壁」を意識して働く時間を調整している方には、一人ひとりの事情に寄り添った相談対応が必要になります。政府の指針に沿って制度変更を成功させるには、従業員が社会保険加入のメリットをきちんと理解することが大前提となります。
2.労務管理体制の整備
企業規模要件の段階的撤廃や個人事業所への適用対象拡大により、これまで社会保険適用対象外だった従業員も社会保険適用対象となる可能性が増えます。労働時間管理や社会保険手続きを円滑に進められるように、体制を整備しておきましょう。
3.支援制度の活用
新たに厚生年金適用対象となる短時間労働者に対しては、国による支援制度が設けられる予定です。保険料調整への支援(最大3年間)などを適切に活用し、企業と従業員の負担軽減にも取り組みます。
4.従業員満足度向上への取り組み
社会保険適用拡大により、従業員の手取り収入に変化が生じる可能性があります。この変化を従業員にとってプラスの体験にするため、企業として働きやすさの向上に取り組むことが重要です。
食事補助などの福利厚生充実は、実質的な収入向上と働く環境の改善を同時に実現できる有効な手段です。例えば「チケットレストラン」のような食事補助の福利厚生サービスは、3,000社以上で導入され、従業員の満足度向上と人材確保に貢献しています。
また、パート従業員など雇用形態を問わず、サービスを提供することが可能です。
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年金制度変更へ建設的な対応を
2025年の年金制度法改正は、第3号被保険者制度など専業主婦に関係する年金制度を直ちに変更するものではありません。しかし、パート労働者の厚生年金適用拡大を通じて、長期的には働き方の多様化と社会保険制度の中立性向上を目指し、第3号被保険者制度縮小の方向性で議論が進んでいます。
企業の人事担当者としては、制度変更に該当する従業員への適切な情報提供と個別相談対応が求められます。パート従業員の就労時間増加は、優秀な人材の確保と活躍促進にも貢献するはずです。
人材確保への取り組みの一環として、食の福利厚生サービス「チケットレストラン」などを活用することで、実質手取りのアップと従業員満足度向上を実現し、長期的な就労を後押しできます。
※年金改革関連法案の最新情報は、厚生労働省公式サイト等で確認することをおすすめします。
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