「人的資本経営に関する調査結果」では、人的資本経営コンソーシアムが行った、人的資本についての調査結果がまとめられています。2020年に「人材版伊藤レポート」が発表されてから、デジタル化・脱炭素化・コロナ禍などの影響で、人材への注目度が高まっています。人的資本経営の基礎的な知識を確認した上で、調査結果を見ていきましょう。
人的資本経営とは何か
人的資本経営では、従業員を企業成長や生産率を向上させる投資対象と捉えます。ヒトをカネやモノ同様に資本と考えて企業価値を高めるよう取り組む経営戦略です。
経済産業省の「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」には「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と記載されています。
従来の人材戦略では資源と捉えていた従業員を資本と捉えることで、コストを抑えつつ管理するものという考えから、適切な投資により価値を引き出して企業価値を高める源泉という考え方へシフトしてきている状態です。
参考:経済産業省|人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~
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人的資本経営に必要な3つの視点と5つの共通要素
「人材版伊藤レポート2.0」によると、企業が人的資本経営を実現するには、従来の人材戦略からの高度化が必要といわれています。人材戦略の高度化を目指すときにポイントとなるのが、以下に示す3つの視点と5つの共通要素です。
3つの視点 |
5つの共通要素 |
・経営戦略と人材戦略の連動 |
・動的な人材ポートフォリオ |
ここでは3つの視点と5つの共通要素について解説します。
参考:経済産業省|人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~
3つの視点「経営戦略と人材戦略の連動」
「人材版伊藤レポート2.0」によると、人材資本経営を実施する上で最も重要なのは、経営戦略と人材戦略の連動です。持続的な企業価値の向上には、経営戦略と人材戦略のつながりを意識し、以下に取り組むことが求められます。
- 人材戦略の策定と実行を担うCHROの設置
- 経営戦略実現を阻む課題の抽出と整理
- 何をもって経営戦略と人材戦略の連動が実現したとするかKPIを設定、その理由や背景の説明
- 人事部門と事業部門の役割の見直しと、人事部門の能力・手腕の向上
- 後継者育成計画の具体化
- 経営陣の選任や解任を行う指名委員会委員長への社外取締役の登用
- 役員報酬の一部が人材に関するKPIへ連動する仕組みの導入
3つの視点「As is- To beギャップの定量把握」
「As is」は現状、「To be」は目指すべき目標を指しています。現状と目標の差がどれくらい開いているかを把握する視点です。人材戦略が適切に実施されているか判断し見直すには、現状と目標のギャップを定量的に把握する以下の取り組みが役立ちます。
- 従業員のスキルや経験、人材関連のKPIに関する情報などの効率的な収集・分析を可能にする人事情報基盤の整備
- 現状と目標の差の把握と、設定した期間内での目標達成
- 人材に関するKPIの明確化と進捗状況の一覧化
3つの視点「企業文化への定着」
最終的な目標である企業価値の向上には、企業文化が欠かせません。これは人材戦略を通じて作られていくものです。人材戦略を策定するときには、目標とする企業文化が醸成されるよう、以下の取り組みが求められます。
- 自社が社会や環境にどのような影響をもたらすべきかという視点から企業理念や存在意義を再考する
- 企業文化が従業員へ自然に根付き行動や姿勢に反映されるよう、任用・昇格・報酬などの制度を検討する
- 経営陣と従業員が企業文化の定着へ向け、続けるべきこと・見直すべきことを話し合う機会を設ける
5つの共通要素「動的な人材ポートフォリオ」
経営戦略の目標達成には、人材の質と量の確保が欠かせません。併せて中長期的に必要な人材を確保し続けることも必要です。常に現状と目標の差に対し、必要な人材とその配置について考え、戦略的に実行するための取り組みは以下の通りです。
- 今後の事業構想をもとに、中期的に必要となる人材の質と量を把握し、現状と目標との差を明確にした上で人事戦略を立てる
- 現状と目標との差を踏まえできるだけ早い段階で人材を再配置する。従業員が社外で積んだ経験や、OB・OGといった元従業員によるコミュニティの活用を検討する
- 人材の充実を目指し新卒一括採用に限定しない学生の採用方針を定め開示する
- イノベーション創出や事業の変革へ貢献するために必要な専門性や構想力を持つ博士人材等を積極的に採用する
5つの共通要素「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」
企業価値を中長期的に高め続けるには、これまでとは異なる革新的な取り組みや新機軸が必要です。この実現に向けて鍵となるのが、多様性を企業内へ取り込むことと考えられています。
バックボーンの異なる多様な人材を迎え入れることで、これまでにない知と経験が企業内に蓄積され、新たな商品やサービスの開発につながるでしょう。
ただし多様なメンバーによるチームは、これまでの働き方では実現できないかもしれません。知・経験のダイバーシティ&インクルージョンを進めるには、多様な人材が活躍しやすい土壌作りが必要です。
KPIの設定と定期的な状況把握を行うと同時に、個々の従業員が能力を発揮しやすい地位や役職に配置することを意識します。
セミナーや事例の共有を通して、課長やマネージャーなどが多様な人材をマネジメントする能力を身につける機会も設けましょう。
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5つの共通要素「リスキリング・学び直し」
人的資本経営の取り組みにより、経営環境は変化していきます。従業員が変化に合わせ働き続けるには、リスキリング・学び直しが欠かせません。
企業側から促すのはもちろん、従業員側の自律的な学び直しのサポートも重要です。従業員本人が意欲的に取り組めるスキルやキャリアを支援しましょう。
効果的なリスキリング・学び直しのためには、以下の取り組みがポイントです。
- 経営戦略の実現にあたり不足しているスキルを特定し、従業員へ学び直しを促す
- 不足しているスキルを持つ人材を社内外で探し、社内でスキルを伝える役目を任せる
- リスキリングや学び直しの成果が、キャリアプランや報酬へ反映される制度を検討する
- サバティカル休暇や留学などを活用し、従業員へ社外での学習機会を提供する
- リスキリングや学び直しの成果を発揮できるよう、社内企業や出向企業などの選択肢を提供する
関連記事:経済産業省が補助金を交付するリスキリングとは?定義やメリットも
5つの共通要素「従業員エンゲージメント」
「会社に貢献したい」という自発的な意欲が従業員エンゲージメントです。従業員エンゲージメントの高い企業では、従業員一人ひとりが仕事に対しやりがいを感じ、自律的に業務に取り組んでいます。
従業員エンゲージメントの向上には、定期的な従業員エンゲージメントの測定と、働きやすい環境の整備が必要です。
一人ひとりの従業員エンゲージメントに合わせて適切な対応も求められます。従業員エンゲージメントの高い従業員には企業のニーズと従業員の希望を一致させたキャリアプランを提案し、従業員エンゲージメントの低い従業員にはヒアリングしたキャリアの希望により近い業務を提案するとよいでしょう。
自律的なキャリア形成が望めるポジションの公募制や、多様な働き方につながる副業・兼業の制度、健康経営への取り組みなども、従業員エンゲージメントの向上につながります。
関連記事:【社労士監修】従業員満足度と従業員エンゲージメントの違いは?高めるメリットも解説
5つの共通要素「時間や場所にとらわれない働き方」
少子高齢化の進行に伴い、15~64歳の労働生産人口は減少し続けています。働く人が減る中で事業に必要な人材を継続的に確保し続けるには、いつでもどこでも働ける環境整備が重要です。
出社しなくても取り組める仕事はリモートワークでできる制度を整える、プライベートの都合に合わせて働きやすいようフレックスタイム制を導入する、といった取り組みが役立ちます。
「人的資本経営に関する調査結果」で人的資本経営の進捗や課題を確認
人的資本経営コンソーシアムの行った「人的資本経営に関する調査結果」では、人的資本経営コンソーシアムの会員となっている579の法人を対象に、人的資本経営に関する88問の質問からなるアンケートを実施しました。このうち回答のあった261件を調査・分析しています。
同調査では人的資本経営への取り組みについて、以下の6段階で評価しています。6に近づくほど人的資本経営の取り組みが進んでいる状態です。
- 重要性を認識/議論していない
- 重要性を認識/議論はしているが対応策を未検討
- 具体的に対応策を検討
- 対応策を実行
- 対応策を実行し、その結果を踏まえ必要な見直しを実施
- 実施した結果、成果創出に明確に寄与
前回調査では6段階中の「2」がありましたが、今回調査ではなかったことから、全体的に人的資本経営の取り組みが進んでいると考えられます。前回調査よりスコアが上がっているのは以下の項目です。
- 経営戦略との連動
- 重要な人材課題の特定
- 投資対効果の把握
- 企業文化の醸成
- 人材ポートフォリオの定義
- 必要な人材の要件定義
- 適時適量な配置・獲得
- リスキルの機会提供
- 自立的なキャリア構築の支援
- 多様な働き方の環境整備
- 経営トップの連携
- 従業員との対話
- 投資家との対話
- 取締役会の役割の明確化
- 経営人材育成の監督
ただし「5」「6」ありません。人的資本経営の重要性を知り、具体的な対応策を検討し実行するところで止まっている状況です。
ここでは具体的な課題ごとの状況についても見ていきましょう。
参考:人的資本経営コンソーシアム|人的資本経営に関する調査結果
動的な人材ポートフォリオの現状
5つの共通要素のひとつである「動的な人材ポートフォリオ」は、中長期的に必要な人材を確保し続けるために必要な取り組みです。
調査時点で取り組みが進んでいない企業ほど「中長期的に必要な人材の質と量の把握」を重要視しており、取り組みが進んでいる企業ほど「中高年齢者の人材の学び直しや再配置」を課題と考えている割合が高い結果でした。
また従業員一人ひとりの行う仕事に応じて人材マネジメントを実施する、ジョブ型人材マネジメントを導入している企業は約5割で、将来的に行う予定の企業と合わせると約8割です。
7割以上の企業は、具体的な取り組みとして「成果に基づく評価の仕組み」「職務に基づく等級制度」「従業員の自律的なキャリア形成を支援する仕組み」に取り組んでいます。
リスキル・学び直しの現状
「リスキル・学び直し」の課題は以下の通りです。「自社に必要な専門性やスキルが定義できていない」という企業が33.3%と最も多い結果となっています。
リスキル・学び直しの課題 |
回答の割合 |
自社に必要な専門性やスキルが定義できていない |
33.3% |
リスキル・学び直しを主導する体制に課題 |
30.7% |
リスキル・学び直しに向けたプログラムに対する従業員の参加状況が悪い |
27.2% |
リスキル・学び直しに対する必要性が経営層や従業員に認識されていない |
18.0% |
リスキル・学び直しを行う従業員の穴埋めとなる人材が揃っていない |
15.3% |
リスキル・学び直しのための予算確保が難しい |
13.4% |
リスキル・学び直しに向けたプログラムでは業務に使える専門性・スキルが身につかない |
12.6% |
特に課題認識はない |
9.2% |
リスキル・学び直しの機会提供を行った結果、従業員が離職してしまう |
2.3% |
会社としてリスキル・学び直しに対する必要性を感じていない |
0.8% |
その他 |
11.5% |
リスキリングで業務に使えるレベルの専門性を従業員が習得できている企業が、約2割にとどまっていることも課題のひとつです。
また業務に使えるレベルの専門性を身につけさせられている企業の約7割が、リスキリングで身につくスキルを明確に示す他、新たなスキルを身につけたあとのキャリアパスや処遇を提示しています。
副業・兼業の現状
多様な働き方を可能とする「副業・兼業」は、従業員エンゲージメントの向上につながる取り組みです。調査でも副業・兼業を認めた効果として「従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上」をあげた企業は57.0%と半数を超えています。
副業・兼業を認めた効果 |
回答の割合 |
従業員のスキル向上や能力開発 |
62.1% |
従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上 |
57.0% |
社外とのネットワーク構築 |
40.2% |
従業員の収入増 |
29.9% |
従業員の離職率の低下 |
7.0% |
社外からの人材獲得の促進 |
10.3% |
その他 |
16.8% |
スキル向上や収入増など従業員にとってもプラスに働く副業・兼業ですが、取り組む従業員は多くありません。従業員のうち副業・兼業に取り組む割合が1%未満と回答した企業が42.5%、1~5%未満が30.8%で、0%が4.2%です。
副業・兼業を認めていても、約8割の企業では実際に取り組む従業員は5%未満と分かります。また副業・兼業への制限が多いほど、副業に取り組む従業員の割合が低いのも特徴です。
人事部門の強化の現状
人的資本経営に取り組むには、人事部門の強化も必要です。実際に半数以上の企業が、人材情報基盤の整備・人員の増強・組織体制の改変に取り組んでいます。その一方「人材版伊藤レポート2.0」で触れられているCHROやHRBPの設置に取り組む企業は31.4%です。
また人事部門の課題としては「企画機能の不足」をあげる企業が半数を超えています。また「要員数の不足」を課題とする企業は44.8%です。
人材情報基盤の整備に関する課題にも触れられています。何らかの整備を実施しているもしくは実施予定の企業は80%を超えていますが、実際の成果につながったと回答している企業は4.6%です。データを収集する仕組みができても、十分に活用しきれていないのが現状といえます。
人的資本開示の現状
自社の従業員を人的資本として把握し開示することは、企業の透明性を高め、魅力を伝えることにつながります。人的資本に関する情報を重視する投資家もいることから、資金調達にも関わるポイントです。
人的資本開示において「他社と同様の内容を開示している」企業は35.2%、「他社には見られない独自の内容を含めて開示している」企業は37.5%となっています。
また「他社には見られない独自の内容を含めて開示している」企業では、「経営層や人事部門が、人的資本開示を意識して、人事施策を推し進めるようになった」割合が82.7%と、そうでない企業の55.5%を27.2ポイント上回っています。
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「人的資本経営に関する調査結果」を人的資本経営に活かそう
従業員を資本のひとつと考えて、投資し育成する人的資本経営は、これからの企業活動に欠かせません。人的資本経営への取り組みを重視する投資家が増えてきていることから、今後ますます重要性が増していくと考えられるでしょう。
これから取り組みを開始する企業では「人的資本経営に関する調査結果」を参考にしながら、自社に合う施策を実施すると、スムーズに成果につながりやすくなることが期待できます。
また投資家に対して人的資本経営の状況を知らせる人的資本の情報開示制度では、「キャリアのサポート」「両立支援」「健康サポート」などに関する福利厚生も評価されます。健康サポートの一環として、エデンレッドジャパンが提供する食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」の導入を検討してもよいでしょう。