監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
在職老齢年金は、就労している60歳以上の方が受け取れる老齢厚生年金です。ただし給与の金額に応じて支給金額の一部または全部が停止されます。支給が停止される基準額は、ここ数年で徐々に引き上げられている状況です。このコラムでは、在職老齢年金の基準額が47万円に引き上げられたタイミングや、2024年の基準額、そして従業員のために企業ができる対策などを紹介します。
在職老齢年金とは
在職老齢年金制度とは、60歳以降に働きながら受け取る老齢厚生年金のことです。ただし給与の金額に応じて支給金額の一部または全額が支給停止されます。
元々は1965年に制定された制度で、65歳以上の就業者が厚生年金に加入していても年金が受給できる制度として始まっています。それまでは退職して厚生年金の加入者でなくなった場合にしか年金を受け取れませんでしたが、在職老齢年金制度が始まったことにより、退職しなくても(在職中に)年金が受け取れるようになりました。
制度ができてから2024年まで、高齢者の労働意欲を阻害しない点と、将来世代の負担を重くしない点に配慮しながら、何度も改正が重ねられ、現在の制度に至っています。
関連記事:【社労士監修】在職老齢年金とは?2024年最新情報と企業が知りたいポイントを徹底解説!
在職老齢年金の対象者
在職老齢年金は、以下に当てはまる方が対象となります。
- 60歳以上である
- 老齢厚生年金を受給している
- 厚生年金に加入している
近年行われた在職老齢年金の制度改正
2024年の基準額の引き上げもそうですが、在職老齢年金の制度改正はこれまで何度も実施されています。ここでは2020年以降の改正内容について、解説します。
在職老齢年金の2020年制度改正
2020年の改定では、60歳代前半の制度について改正が行われています。60歳代後半と同様の在職停止基準が導入されました。具体的には、賃金と年金の合計が47万円を上回る場合に、賃金の増加2に対し、年金を1の割合で停止します。
上記改定は、働く高齢者の収入に応じて年金支給額を調整することが目的です。65歳未満の方に対する年金の「在職支給停止」制度が、彼らの就労行動にネガティブな影響を与えていることが確認されている課題に対する解決策として実施されました。
加えて、60代前半でも、特に女性の就労支援が重要な課題として挙げられていることも2020年改正と関係しています。2030年度まで「特別支給の老齢厚生年金」について支給開始年齢の引き上げが続くことを背景に、女性の就労を支援し、経済的自立を促すことが目的でした。
なお、60歳台前半(低在老)と65歳以上(高在老)で異なる基準が適用されている支給停止の仕組みを統一することも目的でした。改正が続く在職老齢年金制度がより簡素化できることは大きなメリットだからです。
参考:厚生労働省|[年金制度の仕組みと考え方]第10 在職老齢年金・在職定時改定
在職老齢年金が47万円に引き上げられたのはいつから?在職老齢年金の2022年制度改正
在職老齢年金の支給停止の基準額が47万円に引き上げられたのは、2022年4月からです。少子高齢化により生産年齢人口の減少が加速化する中で、高齢期の就労の重要性が増すこと、就労意欲を阻害しないことなどの観点を踏まえて行われました。
さらに、次章で解説するように、2023年には48万円に引き上げられます。
参考:
厚生労働省|[年金制度の仕組みと考え方] 第10 在職老齢年金・在職定時改定
ニッセイ基礎研究所|在職老齢年金の減額判定基準が月額50万円へ引上げ
厚生労働省|年金制度の仕組みと考え方
在職老齢年金の2024年の制度改正
2024年4月より、賃金と厚生年金月額の合計が50万円を超えた場合、50万円を超えた分の金額の約半分が厚生年金月額から支給停止されます。ただし、支給停止されるのは厚生年金のみで、老齢基礎年金は全額支給です。
老齢厚生年金の支給停止は、60歳を超えても労働を続ける方にとって「働き損」になるため、働くモチベーションが下がる可能性があります。働き損を防ぐために働き控えを行う可能性もあり、人手不足問題が深刻な企業にとっては働き手を失うリスクにもなり得るのです。
近年の賃金上昇を加味し、2022年は47万円、2023年度は48万円など、3年連続で基準額の見直しが行われました。このように支給停止額の引き上げを行うことは、従業員の働き控えを抑える効果が期待でき、企業にとっても従業員にとってもメリットがあります。
参考:
厚生労働省|[年金制度の仕組みと考え方]第10 在職老齢年金・在職定時改定
HRpro|2024年度の「在職老齢年金」は調整額が50万円に変更。給与・賞与と年金額との調整計算はどう変わる?
在職老齢年金の今後の制度改正
厚生労働省はここ数年、高齢者の労働意欲を阻害しないために、在職老齢年金制度の廃止や基準額の引き上げについて検討を重ねています。年金は「賦課方式」であることから、制度の大掛かりな見直しについては、将来世代の年金水準にどのような影響を与えるかを試算する必要性があり、結論を導き出すのに時間を要さざるを得ません。
また、2024年10月より社会保険適用拡大も導入されるなど、年金制度維持のためのさまざまな施策が導入されています。将来世代の給付水準が低下することや、恩恵を受けるのが高所得者に限られることなどは在職老齢年金の廃止や基準額の引き上げにおいて1つの論点にはなり得ますが、慎重な検討が必要であり、決定的な動きは見えていません。
関連記事:【社労士監修】2024年10月から社会保険適用拡大!変更点と扶養・パート対応を解説
在職老齢年金の支給停止額の計算方法
在職老齢年金の支給停止額の計算方法について確認します。基本月額や総報酬月額相当額について正しく理解することで、在職老齢年金の支給停止額額を正しく算出できます。
基本月額と総報酬月額相当額
在職老齢年金の支給停止額は、以下の式で求めます。
- 支給停止額=(基本月額 + 総報酬月額相当額 − 支給停止調整額)÷2
なお、基本月額と総報酬月額相当額を求める方法は以下のとおりです。
- 基本月額:加給年金額を除いた老齢厚生(退職共済)年金(報酬比例部分)の月額
- 総報酬月額相当額:(その月の標準報酬月額)+(その月以前1年間の標準賞与額の合計)÷12
出典:日本年金機構|在職老齢年金の計算方法
上記の「標準報酬月額」、「標準賞与額」は、70歳以上の方の場合には、それぞれ「標準報酬月額に相当する額」、「標準賞与額に相当する額」となります。
支給停止額の計算の事例
具体的な計算式を見てみましょう。
総報酬月額相当額の算出
たとえば、標準報酬月額が30万円で、賞与が年に2回60万円ずつ支給される場合の計算は以下の通りです。
- 30万円+(120÷12)=40万円
上記の場合、総報酬月額相当額は40万円となります。
支給停止額の算出
続いて、在職老齢年金の調整後の支給停止額です。下記のように計算します。総報酬月額相当額が40万円で老齢厚生年金の基本月額が15万円の場合、1か月あたりの総収入は以下の式になります。
- 15万円(基本月額) + 40万円(総報酬月額相当額) = 55万円
計算された総収入は、2024年度の支給停止調整額50万円を超えていることがわかりました。そのため、支給停止額の算出をします。
- 支給停止額=(15万円+40万円−50万円)÷2=2.5万円
上記の場合、毎月2.5万円が老齢厚生年金の支給額から減額されます。
全額支給停止になるケース
支給停止額の計算結果が老齢厚生年金の基本月額を上回る場合、老齢厚生年金(加給年金を含む)は全額支給停止になります。
全額支給停止になるのは、次のようなケースです。基本月額が15万円、総報酬月額相当額が80万円の場合で解説します。
- 支給停止額=(15万円+総報酬月額相当額80万円−50万円)÷2=22.5万円
支給停止額が基本月額の15万円を上回るため、この場合は加給年金(※)を含む厚生年金全額が支給停止になります。
(※)主に、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上ある方が、65歳到達時点(または定額部分支給開始年齢に到達した時点)で、その方に生計を維持されている下記の配偶者または子がいるときに加算される年金。
出典:日本年金機構|加給年金額と振替加算
在職老齢年金の支給停止が及ぼす影響
在職老齢年金の支給停止により、就労によって賃金を得ても老齢厚生年金が減少する可能性があります。場合によっては働き損につながるかもしれません。
たとえば定年後の再雇用の場合、他の従業員と同程度の業務内容であれば、基本的に同一労働同一賃金が導入されます。そのため、高い給与水準のまま働き続ける人もいるでしょう。
この場合、在職老齢年金の支給停止によって受け取れる年金額が減る、もしくはなくなるため、働くモチベーションが下がる恐れもあります。従業員によっては在職老齢年金を満額支給されるために、再雇用後の雇用形態や勤務日数の変更を希望する可能性があります。企業にとっては豊富な経験や高いスキルを持つ働き手を活用できる機会が減ってしまうため、避けたい事象の1つです。
関連記事:【社労士監修】在職老齢年金の支給停止とは?計算方法と共に分かりやすく解説!
福利厚生の活用で従業員のモチベーションアップに
在職老齢年金の支給停止による従業員のモチベーション低下を防ぐためには、福利厚生の拡充による待遇改善が役立ちます。
福利厚生の中には、食事補助や社宅など、一定の要件を満たすと給与扱いとされずに支給できるものがあります。このような福利厚生を上手に活用すれば、在職老齢年金を受け取りながら働けるよう調整可能です。
また、各種メディアで話題の「第3の賃上げ」のように福利厚生のなかには、従業員が支払う税金や社会保険料に影響を与えずに支給できるものもあり、同額の賃上げを行うよりも従業員がメリットを感じやすくなります。加えて条件を満たせば福利厚生費として損金算入できるため、法人税額の計算をするときに用いる所得額が減るのもポイントです。
関連記事:“福利厚生”で実質手取りアップと高いエンゲージメントの実現を「#第3の賃上げアクション」プロジェクト
第3の賃上げには食の福利厚生サービス「チケットレストラン」がおすすめ
「第3の賃上げ」には、エデンレッドジャパンの提供する食の福利厚生サービス「チケットレストラン」がおすすめです。「チケットレストラン」を利用すれば、従業員は加盟店での食事を一定の条件下で実質半額で購入できます。
ファミレスやコンビニなど、全国25万店舗以上の加盟店があり、対象となる従業員は勤務場所や休憩時間によらず利用可能です。加えてICカードのタッチ決済で簡単に利用できるため利便性が高く、従業員満足度93%という従業員が喜ぶ食の福利厚生サービスです。
在職老齢年金への引き上げに企業は適切に対応
在職老齢年金の支給停止の基準額は、2022年に47万円に引き上げられ、その後3年連続で引き上げられました。2024年4月から基準額は50万円まで引き上げられ、在職老齢年金を受け取りながら働き続ける高齢者が増えています。
ただし、給与水準の高い従業員は基準額が引き上げられても、在職老齢年金の支給停止が行われるかもしれません。在職老齢年金の支給停止がもたらす従業員の働き損や、モチベーションの低下を避けるためには、福利厚生の拡充による待遇改善が有効です。
たとえばエデンレッドジャパンの提供する食の福利厚生サービス「チケットレストラン」を導入すれば、給与に影響することなく、実質的な手取り額を上げられます。在職老齢年金の支給停止を避けつつ、手取り額を増やせる方法として、導入を検討してみてはいかがでしょうか。