2023年4月に解禁されたデジタル給与は、電子マネーやスマホ決済アプリを利用して給与を支払う新しい仕組みです。従来の現金払いや銀行振込に加え、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座での給与受け取りが可能になりました。本記事では、そんなデジタル給与の概要や仕組み・導入手順のほか、2024年10月時点での企業の対応状況を解説しています。ぜひ制度の導入を検討するにあたっての参考にしてください。
デジタル給与(賃金のデジタル払い)の概要
デジタル給与とは、電子マネーやスマホ決済アプリを利用して給与を支払う制度です。まずは、デジタル給与の概要についてわかりやすく解説します。
「デジタル給与」とは?
デジタル給与とは、従来の現金ではなく、デジタルマネー(電子マネー)で給与の支払いをおこなう仕組みをいいます。2023年4月に施行された労働基準法施行規則改正により、厚生労働大臣が指定する資金移動業者を通じ、デジタルマネーで給与を支給できるようになりました。
各企業は、従業員の同意のもと、この新たな選択肢を利用できます。従来の銀行振込との併用も認められているため、給与の一部のみをデジタル給与として支給することもできますが、現金化できないポイントや仮想通貨の利用は認められていません。
なお、デジタル給与を導入した場合でも、すべての従業員が一律にデジタル給与を利用しなければならないわけではありません。企業は、従業員一人ひとりのニーズに合わせ、現金払いや銀行振込のような従来の支払方法を選択肢として用意する必要があります。従業員に対し、デジタル給与の受け取りを強制することはできません。
参考:厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払の概要とこれまでの経緯
参考:厚生労働省|賃金のデジタル払いが可能になります!
いつから使える?
デジタル給与制度は、2023年4月1日に解禁されました。同日より、資金移動業者による厚生労働大臣への指定申請の受付が開始されています。各企業は、指定を受けた資金移動業者を通じ、任意のタイミングでデジタル給与制度を利用できます。
2024年8月、大手キャッシュレス決済サービス「PayPay」が第一号の指定を受けると、翌月にはソフトバンクグループがPayPayを通じて国内初となるデジタルマネーでの給与の支給をおこない話題となりました。
2024年8月時点で、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者はPayPayのみですが、3社の資金移動業者が審査中であることが公表されています。デジタル給与に対応できる資金移動業者は、今後徐々に増えていくものと予想されます。
参考:厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について
上限額は?
労働者保護の観点から、デジタル給与には100万円という上限額が設定されています。これは、万が一資金移動業者が破綻した場合でも、確実に補償できる金額を確保するための措置です。
口座残高が100万円を超えた場合には、超過分が自動的に労働者が指定した銀行口座に送金されます。仮に給与の全額をデジタル給与で受け取るとしても、従業員は別途銀行口座を用意し、送金先として登録しておかなければなりません。
参考:厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払の概要とこれまでの経緯
「資金移動業者」とは
「資金移動業者」は、金融庁への登録を受けて送金サービスを提供できる事業者のことです。PayPayやLINE Payなど、2024年7月31日時点で82社が登録されています。
デジタル給与の支払いは、これらの資金移動業者が厚生労働大臣からの追加指定を受けることで可能となります。
なお、厚生労働大臣の指定を受けるには、以下の7つの基準をすべて満たさなければなりません。
- 口座残高の上限を100万円以下に設定し、超過時は速やかに措置を講じること
- 破産等の際に労働者への債務を速やかに保証する仕組みを有すること
- 不正取引など労働者の責めによらない損失を補償する仕組みを有すること
- 最終残高変動から10年以上、口座残高を有効に保つこと
- ATMなどで1円単位の受取が可能で、月1回以上の手数料無料受取を確保すること
- 賃金支払業務の実施状況と財務状況を厚生労働大臣に報告できる体制を有すること
- 業務遂行に必要な技術力と社会的信用を有すること
これらの基準を一つでも満たさなくなった場合、指定は取り消されます。この厳格な基準により、労働者の給与が安全に保護されています。
参考:厚生労働省|資金移動業者の口座への賃金支払の概要とこれまでの経緯
デジタル給与の仕組み
デジタル給与を利用する企業が指定された資金移動業者に給与相当額を送金すると、資金移動業者はその資金を労働者のデジタル口座に入金します。
資金移動業者に送金された給与は、ATMなどで1円単位での現金受け取りが可能で、少なくとも月1回は手数料無料で引き出すことができます。送金手数料は基本的に企業負担です。資金移動業者には、適切な資金管理が義務付けられており、定期的な監査も実施されます。
デジタル給与は、従来の銀行振込との併用が可能です。労働者は、毎月の給与のうち一定額をデジタル給与として受け取り、残りを銀行振込で受け取るといった柔軟な選択ができます。
たとえば、日常的な支払いに使用する分をデジタル給与で、住宅ローンの返済や公共料金の引き落としに使用する分は銀行振込でという使い分けが可能です。
デジタル給与が求められる理由
デジタル給与が検討され、制度として導入されたのは、どういった理由からなのでしょうか。ここでは、その背景について解説します。
キャッシュレス決済の普及状況
出典:(METI/経済産業省)|2023年のキャッシュレス決済比率を算出しました
日本のキャッシュレス決済比率は着実に上昇を続けており、2023年には39.3%を記録しました。経済産業省は、2025年までに決済比率を40%まで引き上げる目標を掲げています。
コロナ禍を経て非接触決済へのニーズが高まる中、政府は更なるキャッシュレス化を推進しています。デジタル給与はその重要な施策のひとつとして位置付けられているのです。
参考:(METI/経済産業省)|2023年のキャッシュレス決済比率を算出しました
従業員のニーズの変化
近年、日常的な買い物でスマートフォン決済を利用する機会が増えるとともに、給与をデジタルマネーで直接受け取ることへのニーズが生まれています。また、フリーランスや副業など、働き方の多様化に伴い、従来の月1回の銀行振込以外の受け取り方法を望む声も増加しています。
公正取引委員会が2020年におこなった調査によると「ノンバンクのコード決済事業者のアカウントに対して賃金の支払が行えるようになった場合,自身が利用するコード決済のアカウントに賃金の一部を振り込むことを検討するか。」との問いに対し、約4割の利用者が「検討する」と回答しました。
このような従業員ニーズへの対応は、企業にとって人材確保の観点からも重要です。
参考:公正取引委員会|QR コード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書
コスト削減効果
デジタル給与の導入は、企業の経費削減に貢献します。一般的に、資金移動業者への送金手数料は、銀行振込手数料と比較して安価です。また、給与振込データの作成や管理が自動化されることで、経理担当者の業務効率化も期待できます。
さらに、デジタル化による帳票管理の効率化も、間接的なコスト削減に有効です。
人材採用における訴求効果
デジタル給与の導入は、企業の先進性をアピールする効果があります。特に、デジタルネイティブ世代の採用において、「デジタル化に積極的な企業」というイメージは大きな武器です。
また、給与受け取り方法の選択肢を増やすことで、働きやすい職場環境の実現につながります。福利厚生の一環としても位置付けられ、採用市場における企業の競争力強化に貢献します。
さらに、従業員の利便性に注目する企業姿勢は、従業員の満足度の向上、ひいては人材定着にも好影響を与える重要な要素です。
デジタル給与導入のステップ
実際にデジタル給与を導入するにあたっては、何をどのような手順で進めればよいのでしょうか。ここでは、デジタル給与導入の流れを順を追って詳しく紹介します。
参考:厚生労働省|「【使用者向け】賃金のデジタル払いを導入するにあたって必要な手続き」
STEP1:資金移動業者を決定する
デジタル給与の導入を決定したら、まずおこなわなければならないのが、資金移動業者の選定です。厚生労働大臣から指定を受けた資金移動業者から、自社に適した事業者を選定します。
選定にあたっては、セキュリティ対策の充実度・手数料体系・不正利用時の補償内容・アフターサポート体制などを総合的に評価します。また、従業員の利用意向調査を実施し、どの事業者のサービスへのニーズが高いかを確認することも重要です。
STEP2:労使協定の締結をする
資金移動業者を選定後、労働組合または従業員の過半数代表者との間で労使協定を締結します。協定には、デジタル給与の対象となる従業員の範囲・対象となる賃金の範囲と金額・利用する資金移動業者・実施開始時期などを明記します。
協定締結前には従業員の意見を十分に聞き取り、企業と従業員双方にとって最適な内容となるよう配慮が必要です。
STEP3:就業規則(給与規定)の改定をする
就業規則や給与規程の改定では、デジタル給与に関する具体的な運用ルールを明記します。
改定後は、労働基準監督署へ速やかに就業規則変更届の届出をおこないます。就業規則変更届を提出しなかった場合、30万円以下の罰金が科せられる可能性があるため注意が必要です。
STEP4:従業員へデジタル給与を周知する
導入前には、従業員への丁寧な説明が必要です。制度の概要やメリットデメリット・具体的な利用方法・セキュリティ対策について、説明会や資料を通じてわかりやすく伝えます。
特に重要なのは、この制度が任意であることと、従来の銀行振込との併用が可能である点です。また、資金移動業者の破綻時の補償制度や不正利用時の対応についても詳しく説明し、セキュリティ面での不安を解消します。
併せて利用開始後のサポート体制や、トラブル発生時の相談窓口についても明確に伝え、従業員が安心して選択できる環境を整えましょう。
STEP5:希望者から同意を取得する
デジタル給与の利用を希望する従業員からは、個別に同意書を取得します。同意書には、希望する支払方法の詳細・開始希望時期・利用する資金移動業者の情報・デジタル給与として受け取る金額や割合などを記入してもらいます。
この同意は、あくまでも従業員の自由意思に基づくものでなければなりません。企業からの強制と受け取られないよう配慮が必要です。
同意の取得時は、銀行口座情報も併せて取得し、資金移動業者の口座残高が上限額を超えた場合の送金先として登録します。一度同意した後も、従業員の希望に応じて支払方法の変更が可能であることも併せて説明します。
参考:厚生労働省|資金移動業者口座への賃金支払に関する同意書
「デジタル給与」企業の対応状況
デジタル給与の解禁から1年半が経過しました。実際にデジタル給与を検討・導入している企業の割合はどの程度なのでしょうか。ここでは、帝国データバンクの調査をもとに、デジタル給与に対する企業の対応状況を解説します。
参考:株式会社 帝国データバンク[TDB]|企業の「賃金のデジタル払い」対応状況アンケート|(2024年10月16日)
デジタル給与を導入予定の企業の割合は?
出典:株式会社 帝国データバンク[TDB]|企業の「賃金のデジタル払い」対応状況アンケート|(2024年10月16日)
帝国データバンクが2024年10月におこなった調査によると、賃金のデジタル払い(デジタル給与)について、約9割の企業(88.8%)が「導入予定なし」と回答しています。
「導入に前向き」と回答した企業は3.9%に留まり、「分からない」が5.6%・「言葉も知らない」が1.6%という結果になっています。
制度開始から1年半が経過し、大手企業での導入事例も出始めている一方、制度自体の認知度はまだ低く、導入に向けた機運は高まっていないことがわかる結果となりました。
導入に前向きな理由
出典:株式会社 帝国データバンク[TDB]|企業の「賃金のデジタル払い」対応状況アンケート|(2024年10月16日)
デジタル給与の導入に前向きな企業に対し、その理由を尋ねたところ、もっとも多かったのが「振込手数料の削減」(53.8%)でした。次いで「従業員の満足度向上」(42.3%)・「日払いや前払いのしやすさなど事務手続きの削減」(32.7%)が続いています。
この結果からは、コスト削減効果と従業員の利便性向上が、導入の重要な判断材料となっていることがうかがえます。しかし、多くの企業が制度やサービスに関する情報不足を指摘しており、具体的な手続きやコストについて不安を抱えている状況も明らかになりました。
導入予定がない理由
出典:株式会社 帝国データバンク[TDB]|企業の「賃金のデジタル払い」対応状況アンケート|(2024年10月16日)
デジタル給与の導入予定がない企業に対し、導入を見送る理由を尋ねたところ、「業務負担の増加」(61.8%)ともっとも多い結果となりました。
次に多かったのが「制度やサービスに対する理解が十分でない」(45.0%)で、「セキュリティ上のリスクを懸念」(43.3%)が続きます。
特に人的リソースが限られた中小企業では、新制度導入やセキュリティ管理に伴うコストや手間がメリットを上回るリスクが高く、普及に向けての大きな懸念材料となっています。
デジタル給与時代の福利厚生
デジタル給与の解禁が象徴するように、近年、あらゆる分野において急速にデジタル化が進んでいます。
福利厚生も例に漏れず、従業員が利用しやすく満足度の高い福利厚生として、デジタル管理できるサービスの導入を検討する企業が少なくありません。
中でも、近年特に人気を高めているのが、ICカードで利用でき、オンライン上で管理可能な食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」です。
「チケットレストラン」を導入した企業の従業員は、一定利用条件を満たすことで税制優遇を受けながら、全国25万店以上の加盟店での食事を半額で利用できます。
勤務時間内であれば利用する時間や場所に制限がないため、リモートワークや夜勤・出張中など、勤務形態を問いません。運用は月に一回、オンライン上で一括チャージするのみで、管理の手間がかからないのも大きな魅力です。
物理カードならではの高いセキュリティと使いやすさを兼ね備えたこれからの時代にマッチする福利厚生として、すでに3,000社を超える企業に導入されている人気のサービスです。
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デジタル給与導入の成功に向けて必要な視点と準備
企業のデジタル化が加速する中で、デジタル給与が新たな選択肢として注目を集めています。しかし、2023年4月の制度開始以降、デジタル給与の導入は依然として進んでいません。この背景には、デジタル給与の仕組みに対する理解が進んでいないこと、また、業務負担の増加やセキュリティ面への懸念が大きく影響しています。
デジタル給与の導入には、従業員の懸念を払拭し、理解と同意求めなければなりません。まずは、従業員の意向調査から始め、段階的な導入を検討しましょう。「チケットレストラン」のような安全性と利便性を両立した福利厚生との組み合わせも視野に入れ、より効果的な制度設計を目指してはいかがでしょうか。