監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
労使協定と就業規則は、企業の労務管理において正しい理解と運用が求められる重要なポイントです。しかし、その違いや運用方法について悩む担当者は少なくありません。特に36協定に関しては、締結や就業規則との関係性など、実務上の疑問の声が尽きないのが現状です。本記事では、労使協定と就業規則との違いから、36協定の詳細・実務上の留意点など、企業が知っておきたい情報をわかりやすく解説します。
労使協定とは
「労使協定」は、使用者(企業)と従業員の過半数を代表する者との間で締結する協定です。労働条件が労働基準法で定められた原則から外れる場合、労使間で合意を図るために締結します。
従業員の過半数を代表する者とは、具体的には以下にあたります。
- 従業員の過半数で組織する労働組合
- 従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)
労使協定の中でも、特に重要なものが、時間外・休日労働に関する「36協定」です。一部例外を除き、36協定の締結なしに、企業は残業や休日労働を従業員へ命じることができません。
そのほかにも、賃金控除に関する協定や、変形労働時間制に関する協定などは、企業の労務管理において重要な役割を果たします。
使用者による一方的な決定ではなく、労使の合意に基づく点が、労使協定の大きな特徴です。
参考:厚生労働省|労使協定について
参考:e-Gov 法令検索|労働基準法|第24条|第32条|第36条
就業規則とは
「就業規則」は、企業が労働時間や賃金・服務規律など、職場での基本的なルールを定めた規程です。
労働基準法では、常時10人以上の従業員を使用する事業場に対し、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けています。
就業規則は従業員の労働条件を統一的に定め、公平な労務管理を実現するための基本となる規則で、採用から退職までの労働関係全般をカバーするものです。規則の詳細は従業員への周知が必要であり、各作業場での掲示や配布などの方法ですべての従業員が内容を確認できるようにしなければなりません。
なお、就業規則を定めるにあたっては、従業員の過半数代表者または労働組合から意見を聴取する必要があります。ただし、この意見は法律上「意見を聞く義務」があるだけであり、意見が反対でも規則を定めることは可能です。
労使協定と就業規則の違い
労働条件を定める規則として、労使協定と就業規則は共に重要な役割を果たしますが、その性質や目的は大きく異なります。特に、作成者と効力の及ぶ範囲、作成時期などに違いがあり、人事実務においてはそれぞれの特徴を理解した運用が求められます。以下、主な違いを表にまとめました。
【労使協定と就業規則の主な違いの比較】
項目 | 労使協定 | 就業規則 |
---|---|---|
作成者 | 使用者と従業員の過半数代表者との合意による締結 | 使用者が単独で作成(従業員代表の意見聴取が必要) |
目的 | ・労働基準法の例外措置を認めるための取り決め ・36協定や賃金控除協定など、特定事項についての調整 |
・職場全体の労働条件を統一的に制定 ・採用から退職までの統一的なルール作り |
作成時期 | ・該当する規定に基づき、必要に応じて締結 ・36協定は原則1年ごとの更新が必要 |
・常時10人以上の労働者を雇用する場合に義務発生 ・その後は労働条件変更時に改定 |
法的効力 | ・締結事項について労働基準法の例外措置を認める ・36協定は、届出をもって効力発生 |
・労働条件の最低基準として効力 ・合理的な範囲で労働契約内容に反映される場合がある |
優先順位 | 労働基準法>労働協約>労使協定>就業規則>労働契約 |
参考:e-Gov 法令検索|労働基準法第36条|第89条|第90条等
労使協定と「労働協約」「労働契約」の違い
職場における労働条件の取り決めには、労使協定のほかにも労働協約や労働契約があります。それぞれ適用範囲や効力が異なるため、担当者はこれらの違いを正確に理解し、適切な使い分けをおこなう必要があります。
「労働協約」
「労働協約」は、労働組合と使用者が締結する労働条件に関する協定です。賃金や労働時間などの労働条件全般について定めることができ、法的拘束力を持つことが特徴です。労働協約には以下の二つの効力があります。
- 規範的効力:労働協約の規定が個々の労働契約に自動的に反映される効力
- 債務的効力:締結当事者が協約内容を誠実に履行する義務
労働協約は就業規則や個別の労働契約に優先して適用され、違反した場合には罰則の対象となる可能性があります。効力が及ぶ対象は、原則として組合員のみです。
ただし、従業員の3/4以上が同一の労働協約の適用を受ける場合には、残りの従業員にもその効力が及びます。これを一般的拘束力と呼び、労働組合員以外にも協約が適用される例外的な仕組みです。
労働協約の有効期間は最長3年とされていますが、当事者間の合意によって更新することが可能です。
参考:厚生労働省|労働協約について
参考:厚生労働省|労働協約の拡張適用について
関連記事:【社労士監修】労使協定と労働協約の違いをわかりやすく解説!就業規則との違いも
「労働契約」
「労働契約」は、個々の労働者と使用者の間で結ばれる契約で、具体的な労働条件を個別に定めるものです。賃金・労働時間・休日など、労働基準法や労働契約法に基づく明確な合意が必要です。
労働契約の内容は、労働基準法・就業規則・労働協約の基準を下回ることはできません。また、就業規則が合理的に変更された場合には、その内容が労働契約に反映される場合があります。これには、以下の要件を満たす必要があります。
- 就業規則の変更が合理的であること
- 労働者にその変更内容が周知されていること
労使協定や労働協約が集団的な取り決めであるのに対し、労働契約は、個別の労働者との関係を定める点で異なります。
労使協定の種類
労使協定には、労働基準法や育児・介護休業法などに基づくさまざまな種類があります。その中には労働基準監督署への届出が必要なものと不要なものがあり、企業の人事労務担当者は両者を適切に区別して対応する必要があります。また、近年の働き方改革関連法の施行により、特に36協定については重要な変更が加えられているため注意が必要です。
届出が必要な労使協定
労働基準監督署への届出が必要な労使協定には、以下のようなものがあります。これらは締結後、遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。
- 労働者の貯蓄金の管理に関する協定(労働基準法第18条)
- 1年単位の変形労働時間制に関する協定|年間の業務量が一定でない場合、繁忙期に労働時間を増やし、閑散期に短縮する労働時間の柔軟化を可能にする協定です。(同法第32条の4)
- 時間外・休日労働に関する協定(36協定/同法第36条)
- 事業場外労働のみなし労働時間制に関する協定(同法第38条の2)
- 専門業務型裁量労働制に関する協定(同法第38条の3)
なお、1カ月単位の変形労働時間制については、就業規則で定めた場合は届出が不要です。ただし、就業規則に明記されていない場合は、労使協定の締結が必要となるため、注意が必要です。
36協定
36協定は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働や、法定休日における労働を可能にするための協定です。企業が従業員に残業や休日出勤を命じるためには、この協定の締結が必須となります。
2019年4月に施行された「働き方改革関連法」により、36協定で定められる時間外労働についても以下の上限が設けられています。
- 原則:月45時間、年360時間以内
- 特別な事情がある場合でも以下の上限を超えることはできません
- 年間720時間以内
- 単月100時間未満(休日労働を含む)
- 2~6カ月平均80時間以内
これらの上限を超える時間外労働を命じた場合、法令違反となり企業には罰則が科されます。適切な労働時間管理と36協定の更新をおこなうことが、企業の責任として求められます。
参考:厚生労働省|働き方改革関連法に関するハンドブック
参考:厚生労働省|36協定の適正な締結
関連記事:【社労士監修】働き方改革による残業の時間上限は?残業をスムーズに減らす方法を解説
届出が不要な労使協定
以下に挙げるのは、労使で協定を締結する必要はあるものの、労働基準監督署への届出が不要な労使協定です。
- 賃金からの控除に関する協定|社員食堂の利用料や社宅費用・従業員に対する便益提供に関連する費用の天引きなど(労働基準法第24条)
- 1カ月単位の変形労働時間制に関する協定(同法第32条の2)
- フレックスタイム制に関する協定|フレックスタイム制を導入する際、労使間で総労働時間を明記した協定を締結する(同法第32条の3)
- 時間単位年休に関する協定(同法第39条)
- 育児・介護休業の適用除外者に関する協定(育児・介護休業法第6条|第12条)
これらの協定も、従業員の労働条件に直接影響を与えるものであり、適切な締結と運用が求められます。特に、賃金控除に関する協定は、社会保険料や所得税など法令で定められたもの以外の控除をおこなう場合に必要となるため、実務上重要な意味を持ちます。
「労使協定」締結の流れ
労使協定の締結は、法に則った手続きのもと適切に進める必要があります。ここでは、締結から届出までの一連の流れを実務担当者向けに解説します。
1:労働組合などと交渉する
労使協定の締結にあたり、まずおこなわなければならないのが、労働者の過半数で組織する労働組合、もしくは労働者の過半数代表者との交渉です。
過半数代表者は、管理監督者以外の労働者から、民主的な手続きで選出する必要があります。具体的には「労使協定締結のための代表者選出」であることを明確に周知した上で、投票や挙手などの方法で選出します。使用者(企業)が一方的に指名したり、親睦会の代表者を自動的に選ぶことは認められません。
選出手続きに関する記録は、労働基準監督署の調査や後日の確認に備え、選出日時・参加者数・選出手段・結果を記載した文書として保管しておくことが望ましいでしょう。
2:労使協定を締結する
選出された代表者と協議し、具体的な協定内容を合意に基づいて書面で締結します。協定書は、以下の要件を満たす必要があります。
- 必要記載事項(例:対象業務、延長時間、期間など)
- 労使双方の署名または記名押印
36協定の場合、有効期間は原則1年間で、毎年更新することが必要です。その他の協定についても、内容に応じた適切な期間を設定し、起算日を明確に定めておく必要があります。
3:就業規則を変更する
労使協定の内容が就業規則に関連する場合には、就業規則を変更する必要があります。この際、労働者の過半数代表者からの意見聴取が義務付けられています。意見は、就業規則の効力に影響を与えるものではありませんが、適切に記録し保管しておくことが大切です。
なお、就業規則の変更が労働条件の不利益変更に当たる場合は、慎重に労働者との合意を図る必要があります。トラブルを防ぐためにも、事前の説明や合意形成を丁寧に進めましょう。
4:従業員へ周知する
締結した労使協定の内容は、すべての従業員が確認できるよう周知しなければなりません。周知方法としては、以下のいずれかを選択します。
- 事業場の見やすい場所への掲示
- 書面の交付
- 電子メールの送信やイントラネットへの掲載(各作業場で内容確認が可能な場合)
周知が不十分であった場合、協定内容が効力を持たない可能性があるため、確実に実施しましょう。
5:労働基準監督署へ届け出る
届出が必要な労使協定については、締結後に遅滞なく所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
-
36協定の場合
原則として、実際に時間外・休日労働をおこなわせる前に届出が必要です。届出書には協定書の写しを添付し、記載内容に不備がないか十分確認します。 -
電子申請
厚生労働省の「電子申請システム」を利用することで、紙の提出を省略できます。電子申請をおこなう場合は、事前にIDとパスワードを取得しておく必要があります。
労使協定にまつわる罰則
労使協定は、労働基準法に基づく重要な規則であり、違反した場合には刑事罰や行政指導の対象となります。以下、具体的な違反と罰則について解説します。
必要な労使協定を締結しなかった場合
労使協定の締結が必要な事項について、協定を締結せずに労働させた場合、労働基準法違反となります。特に36協定を締結せずに時間外・休日労働をさせた場合の罰則は以下の通りです。
- 事業主(経営者個人)に対して:6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 法人(企業)に対して:30万円以下の罰金(両罰規定)
このように、違反行為をおこなった場合、事業主個人と法人の両方が処罰の対象となります。企業にとって重大なリスクとなるため、必要な協定の締結漏れがないように十分な確認が必要です。
届出義務を果たさなかった場合
届出が必要な労使協定について、労働基準監督署への届出を怠った場合の罰則は以下の通りです。
- 事業主(経営者個人)に対して:30万円以下の罰金
- 法人(企業)に対して:30万円以下の罰金(両罰規定)
また、就業規則の変更にともなう届出を怠った場合は、より重い罰則が科されます。
- 事業主(経営者個人)に対して:6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 法人(企業)に対して:30万円以下の罰金(両罰規定)
締結した労使協定に違反した場合
36協定で定めた時間外労働の上限を超えて労働させるなど、締結した労使協定の内容に違反した場合、罰則は以下の通りです。
- 事業主(経営者個人)に対して:6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 法人(企業)に対して:30万円以下の罰金(両罰規定)
特に36協定については、臨時的な特別の事情がある場合の上限(年720時間以内・複数月平均80時間以内等)を超えた場合、重大な法令違反として取り扱われます。
周知義務を果たさなかった場合
労使協定の内容を労働者に周知することは法律で定められた義務です。これを怠った場合の罰則は以下の通りです。
- 事業主(経営者個人)に対して:30万円以下の罰金
- 法人(企業)に対して:30万円以下の罰金(両罰規定)
また、労働基準監督署からの是正勧告の対象ともなります。周知方法は、すべての労働者が内容を確認できる状態にする必要があります。
法令遵守と従業員満足の両立に向けて
労使協定と就業規則の適切な運用は、法令遵守の観点だけでなく、従業員の働きがいや満足度向上にも大きく影響します。人手不足が深刻化する近年、従業員の満足度向上は企業にとって無視できない課題です。ここでは、福利厚生に焦点をあてて企業が実践できる施策について紹介します。
福利厚生制度を整備するメリット
福利厚生を充実させるメリットは多岐にわたります。以下、特に影響の大きいメリットを紹介します。
- 従業員のモチベーションとパフォーマンスが向上する
- 生産性が向上し、業績の向上につながる
- 他社との差別化により、優秀な人材の獲得・定着が促進される
- 従業員満足度が向上する
- 一定の条件下において、従業員の実質的な手取りを増やせる
特に、少子高齢化にともなう人手不足が社会問題化する中で、採用力を高められることは大きなメリットです。
なお、新規導入の際は、対象者の範囲や給付内容を明確にし、必要に応じて労使協定を締結することで、円滑な運用が可能です。
3,000社が導入「チケットレストラン」
福利厚生にはさまざまな種類がありますが、中でも近年、特に注目度を高めているサービスに、エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」があります。
「チケットレストラン」は、一定の条件下であれば、従業員は食事代が半額補助される食事補助の福利厚生サービスです。コンビニやファミレス・三大牛丼チェーン店など、全国25万店舗以上の加盟店で利用でき、勤務時間内であれば、利用する場所やタイミングも選びません。
こうした利便性が高く評価され、すでに3,000社を超える企業に導入されている人気サービスです。
関連記事:「チケットレストラン」の仕組みを分かりやすく解説!選ばれる理由も
労使協定・就業規則を適切に運用して魅力的な職場環境をつくろう
適切な労務管理と従業員満足度の向上は、企業の持続的な成長に不可欠な要素です。労使協定と就業規則の運用においては、法令遵守を基盤としつつ、従業員のニーズや働きやすさにも配慮した制度設計が重要となります。
特に、福利厚生制度の導入や変更は、就業規則への適切な反映が必要です。これにより、法的リスクを回避しつつ、従業員への還元を明確化し、人材確保・定着につなげることができます。たとえば、「チケットレストラン」などの福利厚生を導入する際は、就業規則に明記することで、制度の透明性と公平性を確保できます。
企業の成長戦略において、法令を遵守しながら従業員満足度を向上させる取り組みが、今後ますます重要となるでしょう。適切な就業規則の整備と運用で、法的リスクの回避と魅力的な職場環境づくりの両立を目指してはいかがでしょうか。