監修者:舘野義和(税理士・1級ファイナンシャルプランニング技能士 舘野義和税理士事務所)
106万円の壁を撤廃する案を厚生労働省が社会保障審議会へ提案し、承認されました。これによりどのような影響を受けるのでしょうか?現行の制度を確認した上で、106万円の壁撤廃によるメリット・デメリットを見ていきましょう。複数ある年収の壁のうち、2025年に撤廃される103万円の壁についても解説します。
106万円の壁とは
106万円の壁は年収の壁の一種です。年収の壁は他にも複数あります。年収の壁の種類と106万円の壁の詳細を見ていきましょう。
関連記事:【税理士監修】年収106万の壁にはどう対応すべき?企業におすすめの施策とは
年収の壁は複数ある
年収の壁とは、税金や社会保険料の負担が増えるのを避けて、働き控える人がいる年収のことです。106万円の壁以外にも、以下のように複数あります。
年収の壁 |
発生する負担 |
100万円の壁 |
住民税 |
103万円の壁 |
所得税 |
106万円の壁 |
社会保険料 ※勤務先が従業員51人以上など条件を満たすとき |
130万円の壁 |
社会保険料 ※扶養から外れる |
150万円の壁 |
配偶者特別控除額が減り始める |
201万円の壁 |
配偶者特別控除がなくなる |
関連記事:【税理士監修】年収の壁がもたらす問題と対策をわかりやすく解説!
106万円の壁を超えると社会保険料がかかり始める
従業員数が51人以上の勤務先で働くパートやアルバイトなどは、年収が106万円以上になると社会保険に加入しなければいけません。
厚生年金や健康保険の社会保険料は、企業と従業員が折半して納付する決まりです。その結果、従業員は社会保険料の負担が増えるため、年収106万円未満のときより手取り額が減ります。
社会保険料の負担により手取りが減少するのを避けるため、労働時間を調整する人がいることから、106万円の壁とよばれています。
パート・アルバイトの社会保険加入条件
「社会保険適用拡大ガイドブック」によると、パートやアルバイトが厚生年金や健康保険といった社会保険へ勤務先で加入するには、以下にあげる社会保険の加入条件を全て満たしていなければいけません。
- 勤務先が従業員数51人以上
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 賃金が月額8万8,000円以上(年収106万円以上)
- 雇用期間が2カ月を超える見込み
- 学生ではない
社会保険の加入条件について詳細を紹介します。
参考:厚生労働省・日本年金機構|社会保険適用拡大ガイドブック
関連記事:【社労士監修】パートで週20時間を超えたら社会保険加入は必須?新制度の疑問完全ガイド
勤務先が従業員数51人以上
自社の従業員数が51人以上の場合、その他の加入条件を満たすパートやアルバイトには社会保険が適用されます。
ここでいう従業員数は「フルタイムで働く従業員数」と「週労働時間がフルタイムの3/4以上の従業員数」の合計です。
週の所定労働時間が20時間以上
週所定労働時間を40時間と定めている企業の場合、週の所定労働時間が20時間以上のパートやアルバイトは社会保険の適用対象となります。所定労働時間には、繁忙期や急な仕事量の増加などによる臨時の残業は含みません。
ただし契約上の所定労働時間が20時間未満でも、実際に働いた時間が2カ月連続で20時間以上となっており、今後もその状況が続く見込みであれば、3カ月目からは社会保険へ加入します。
賃金が月額8万8,000円以上
所定内賃金が月額8万8,000円以上であることも、パートやアルバイトが社会保険へ加入するときに必要な条件です。
月額8万8,000円に含まれるのは、毎月支給される基本給と諸手当のみと定められています。ボーナスといった1カ月以上の期間ごとに支給される賃金や、時間外労働や休日出勤などによる割増賃金、最低賃金に含めない精皆勤手当・通勤手当・家族手当は含みません。
雇用期間が2カ月を超える見込み
雇用期間が2カ月を超える見込みとなっていることも、社会保険の加入対象者となるパート・アルバイトの条件です。
数週間~1カ月といった繁忙期限定で雇用するパート・アルバイトの場合、週の所定労働時間が20時間以上・所定内賃金が月額8万8,000円以上など他の条件を全て満たしていても、社会保険の加入対象にはなりません。
学生ではない
この他の社会保険の加入条件を全て満たしていても、学生は社会保険の適用対象外です。ただし、休学中でアルバイトをしている学生や、昼間に働きながら夜間大学に通っている学生は加入対象となります。
106万円の壁撤廃とは
厚生労働省は社会保障審議会へ、106万円の壁撤廃の提案を行いました。社会保障審議会へ提出されている資料を元に、106万円の壁撤廃とは何かを解説します。
参考:厚生労働省|被用者保険の適用拡大及び第3号被保険者制度を念頭に置いたいわゆる「年収の壁」への対応について②
厚生年金加入の賃金要件を撤廃すること
パート・アルバイトは、以下の要件を満たすと厚生年金へ加入します。
- 勤務先が従業員数51人以上
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 賃金が月額8万8,000円以上(年収106万円以上)
- 雇用期間が2カ月を超える見込み
- 学生ではない
このうち「賃金が月額8万8,000円以上(年収106万円以上)」を撤廃することが、106万円の壁撤廃です。2026年10月からの撤廃を想定しています。
パートやアルバイトで働くときに、手取り額が減らないよう就業調整を行う基準となっている賃金要件を撤廃することで、年収を意識することなく働けるようになることが期待されている制度変更です。
労働時間の壁は残る
106万円の壁撤廃では「週の所定労働時間が20時間以上」という労働時間の要件は変わりません。年収がいくらであっても、週20時間以上働くパートやアルバイトは、社会保険へ加入することとなります。
「週の所定労働時間が20時間以上」という労働時間の要件が、新たな年収の壁になるのではないか、という意見もあるようです。
企業規模要件も撤廃の方向性
「勤務先が従業員数51人以上」という企業規模要件も、2027年10月に撤廃される方向性となっています。この制度変更により、勤務先の規模によらず、週20時間以上働くパートやアルバイトは社会保険が適用されるようになる見込みです。
非適用業種も解消の方向性
加えて現在は非適用業種となっている、法定17業種以外の農業・林業・宿泊業・理美容業・デザイン業などの個人事業所で働くパートやアルバイトも、社会保険が適用されるようになっていく方向性です。
非適用業種が解消されるため、全ての法人と常時5人以上を雇用している個人事業所が対象となります。常時雇用している従業員が5人未満の場合には、制度変更後も対象になりません。
106万円の壁撤廃の背景
106万円の壁撤廃に向けて議論が行われているのはなぜなのでしょうか?106万円の壁撤廃の背景を確認しましょう。
最低賃金上昇による賃金要件の必要性の低下
毎年10月に行われている最低賃金の改定において、2023・2024年は連続で最低賃金の全国加重平均が大幅に引き上げられました。2024年の最低賃金の全国加重平均は1,055円です。
最低賃金の上昇により、12の都府県では、週20時間働くと賃金が月額8万8,000円を超えるようになりました。
35道府県は週20時間の就業時間では月額8万8,000円に届かないものの、同様のペースで最低賃金が上がり続ければ、週20時間働けば月額8万8,000円に届く地域が増えていくでしょう。
「週の所定労働時間が20時間以上」という労働時間の要件を満たせば、賃金要件も自動的に満たす地域が増えていることから、106万円の壁撤廃が議論されています。
関連記事:最低賃金引き上げはいつから?2024年の最低賃金や経済効果を確認
年収の壁にとらわれずに働ける環境づくり
年収106万円以上になると、パート・アルバイトに社会保険が適用される現行の制度では、年収106万円が年収の壁として意識されます。
「もっと働きたいけれど年収106万円以上になると手取りが減るから」と、労働時間を調整している人もいるでしょう。年収の壁によらず、望む働き方を実現できる環境づくりも、106万円の壁撤廃の背景です。
106万円の壁撤廃のメリット・デメリット
106万円の壁撤廃には、メリット・デメリットがあります。具体的にどのようなメリット・デメリットがあるのか見ていきましょう。
【メリット】人手不足解消につながる可能性
パートやアルバイトで働く人の中には、106万円の壁を意識して働いているケースもあります。年収105万円では社会保険料の負担がなく手取り額が103万円ほどになるのに対して、年収106万円で社会保険料が天引きされると手取り額は90万円ほどです。
将来の保障が充実するメリットはありますが、手取り額が減るという点ではデメリットに感じる人もいるでしょう。
106万円の壁が撤廃されて、社会保険料の天引きにより手取り額が一気に減少する年収がなくなれば「もっと働きたい」と考える従業員が増えるかもしれません。
少子高齢化の進む国内では業種を問わず人手不足が進行しており、人手不足を理由に倒産する企業が増えています。
帝国データバンクの実施した「人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期)」によると、2024年度の人手不足倒産件数は上半期のみで163件です。2022年度上半期と比べて倍以上となった2023年度上半期の135件を超えています。
加えて上半期に人手不足倒産した企業163社は、全てが従業員数50人未満の小規模な企業でした。
このような状況の中、パートやアルバイトの働く時間が増えれば、人手不足を解消し事業を継続できる企業もあるでしょう。
参考:帝国データバンク|人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期)
関連記事:人手不足倒産が急増!これまでの推移と改善へ向けた取り組みを解説
【デメリット】社会保険料の負担が増える可能性
106万円の壁は社会保険に加入し始める年収の壁です。配偶者の扶養から抜けて自ら厚生年金や健康保険へ加入することで、保障は充実しますが手取り額は減ります。
また厚生年金や健康保険にかかる保険料は、企業と従業員が折半して負担しなければいけません。106万円の壁が撤廃されると、企業が負担する社会保険料が増える可能性があるでしょう。
また現在は折半している社会保険料ですが、年収156万円未満の従業員に対して、企業の負担割合を期間限定で増やせる制度が検討されています。制度変更に伴い、企業の社会保険料負担が高まっていく可能性もあるでしょう。
2025年から実施される103万円の壁撤廃についても解説
103万円の壁撤廃とは、基礎控除と所得控除の合計額を引き上げることで、所得税がかかり始める年収を103万円より引き上げることです。議論のきっかけとなった国民民主党の案と、実際に撤廃される時期について解説します。
国民民主党が掲げた103万円の壁を引き上げる案
103万円の壁撤廃の議論は、国民民主党が「178万円の壁への引き上げ」を掲げたことで始まりました。
基礎控除と給与所得控除の合計額である103万円という金額は1995年から変わっていません。ただしこの間、最低賃金の全国加重平均は611円から1,055円となり、約1.73倍に上がっています。
最低賃金が上がっているにもかかわらず、所得税がかかり始める年収がそのままになっている状態を解消するために、最低賃金の上昇率に合わせて178万円の壁が設定されました。
国民民主党が掲げているのは「基礎控除48万円+給与所得控除55万円=103万円」を、「基礎控除123万円+給与所得控除55万円=178万円」にする案です。
関連記事:【税理士監修】178万の壁とは?社会保険加入との関係やメリット・デメリット
令和7年度税制改正大綱に2025年からの実施が明記
103万円の壁は、国民民主党の提案を元に、178万円への引き上げを目指していく方針で自由民主党・公明党と合意しました。ただしすぐに178万円に引き上げられるわけではありません。
「令和7年度税制改正大綱」には、103万円の壁が2025年から123万円の壁へ引き上げられることが盛り込まれています。「基礎控除額58万円+給与所得控除65万円=123万円」とするそうです。
所得税を課されない範囲で働きたいと考えているパートはもちろん、仕事をしている全ての人に影響する変更といえます。
関連記事:【税理士監修】令和7年度税制改正大綱をわかりやすく解説。103万円の壁や扶養控除は?
年収の壁撤廃への準備に役立つ「年収の壁・支援強化パッケージ」
106万円の壁や103万円の壁が撤廃されるにあたり、社会保険に加入するパートやアルバイトが増える企業もあるでしょう。その分社会保険料の負担が重くなりそうだと考えている企業には、国の用意している「年収の壁・支援強化パッケージ」が役立ちます。
「106万円の壁への対応」「130万円の壁への対応」「配偶者手当への対応」からなるパッケージで、年収の壁を意識せずに働ける環境を整えるのが目的です。ここでは3つの対応の内容をチェックしましょう。
キャリアアップ助成金による106万円の壁への対応
パートやアルバイトが社会保険へ加入するときに利用できるのが、キャリアアップ助成金の「社会保険適用時処遇改善コース」です。
手取り額の減少を避けるために年収106万円未満で働いているパートやアルバイトが、年収106万円を超えてもすぐには手取り額が減らないようにするために設けられました。
社会保険料相当額を上限に、企業が社会保険適用促進手当を支給すると、従業員1人につき最大50万円の支援を受けられます。
助成金を受け取るには、取り組みを開始する前日までに、キャリアアップ計画書を管轄労働局までに提出しましょう。
自社が対象となる中小企業事業主かどうかは、以下の「資本金の額・出資の総額」か「常時雇用する従業員の数」のいずれかに当てはまっているかで判断します。
業種 |
資本金の額・出資の総額 |
常時雇用する従業員の数 |
小売業(飲食店を含む) |
5,000万円以下 |
50人以下 |
サービス業 |
5,000万円以下 |
100人以下 |
卸売業 |
1億円以下 |
100人以下 |
その他の業種 |
3億円以下 |
300人以下 |
参考:厚生労働省|キャリアアップ助成金 社会保険適用時処遇改善コース
被扶養者認定による130万円の壁への対応
社会保険に加入し始める年収の壁には130万円の壁もあります。2025年1月時点の制度制度では、従業員数50以下の事業所で勤務するパートやアルバイトは、週20時間以上働いて、年収106万円以上であっても、勤務先で厚生年金や健康保険に加入する義務がありません。
ただし年収130万円以上になると扶養から外れ、自身で社会保険へ加入する必要があります。
保険料の負担が増えるにもかかわらず、配偶者の社会保険の扶養に入っているときと年金額や保障内容に差がないことから、年収130万円未満に収まるよう勤務を調整する人がいることから、130万円の壁とよばれています。
ただし労働時間を調整していても、繁忙期や人手不足によって年収130万円以上となることもあるでしょう。このことを企業が証明すれば、年収130万円以上でも期限付きで被扶養者認定を受けられる可能性があります。
なお被扶養者認定を受けられる上限額は設定されていません。ただし、厚生労働省のガイドラインによると、被扶養者の年収が被保険者の年収を上回る場合には、被扶養者が主に生計を維持しているとみなされて被扶養者認定が削除されるとあります。
フローチャートによる配偶者手当への対応
年収の壁は税や社会保険の制度によるものだけではありません。企業が従業員の福利厚生として設けている「配偶者手当」の支給要件に配偶者の収入基準を設けていると、年収の壁として機能している場合があります。
手当を受け取るために、従業員の配偶者が働き控えるケースがあるためです。このような手当により生じる年収の壁を避けるには、制度を見直すとよいでしょう。
ただし単に配偶者手当を廃止するだけでは福利厚生の不利益変更になる可能性があり不十分です。従業員にとってプラスになる制度変更を行うには、従業員を交えて制度の見直しを進めましょう。
例えば配偶者手当を廃止・縮小する代わりに、基本給や子ども手当を増額するといった対策が有効です。制度の見直しを行うときには、厚生労働省が公開している「配偶者手当見直し検討のフローチャート」が役立ちます。
関連記事:【社労士監修】「福利厚生をなくす」場合は不利益変更に注意!そのステップを解説
第3の賃上げなら年収の壁に影響しない手取りアップが可能
エデンレッドジャパンでは、定期昇給を「第1の賃上げ」、ベースアップを「第2の賃上げ」としたときに、実質的な手取りアップにつながる福利厚生を「第3の賃上げ」と定義しました。
年収の壁に影響せずに支給できる「第3の賃上げ」について解説します。
関連記事:“福利厚生”で実質手取りアップと高いエンゲージメントの実現を「#第3の賃上げアクション」プロジェクト
非課税枠を活用できる
福利厚生を提供する「第3の賃上げ」は、非課税枠を活用できるため従業員の税負担を増やしません。同額の定期昇給やベースアップを実施したときと比べて手取り額が上がる分、従業員が賃上げを実感しやすいのが特徴です。
パート・アルバイトの年収の壁に影響しない
エデンレッドジャパンの試算によると、同じ年4万2,000円の賃上げでも、現金で支給する賃金を上げた場合と福利厚生を支給した場合とでは、福利厚生を支給する「第3の賃上げ」の方が16万4,110円手取り額が多くなりました。
出典:パート・アルバイト・契約社員 にも「第3の賃上げ」を!ラウンドテーブルを開催~“年収の壁”を抱える非正規雇用にも、福利厚生で実質手取りアップを実現~
年収の壁を意識して働き控えるパートやアルバイトが多い企業では、賃金を上げるとともに「第3の賃上げ」実施も検討するとよいでしょう。
第3の賃上げには「チケットレストラン」がおすすめ
福利厚生を活用した「第3の賃上げ」を実施するときにおすすめなのが、エデンレッドジャパンの提供している食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」です。
全国にある25万店舗以上の加盟店で食事をしたり購入したりできるため、シフト制で休憩時間がバラバラ・勤務場所がスタッフによって異なる、といった場合でも公平に利用しやすいでしょう。
実際に導入した企業からは「食事を通して従業員のコミュニケーションが活発になった」「雇用形態によらず従業員に福利厚生を提供できるようになった」などの声が聞こえてきています。
従業員の働きやすさアップや健康経営にもつながる福利厚生を提供可能です。
106万円の壁撤廃について知り準備をしよう
年収106万円以上などの加入条件を満たすと、パートやアルバイトは社会保険へ加入しなければいけません。保険料の天引きにより手取りが減少するのを避けるために、勤務の調整を行う人もいることから「106万円の壁」とよばれています。
この106万円の壁が撤廃されることとなりました。時期は2026年10月を想定しています。106万円の壁撤廃が実施されると、人手不足解消につながる可能性がある半面、社会保険料の負担が増える可能性もあるでしょう。
制度変更によりどのような変化がありそうかを考え、準備を進めていくことが大切です。
また年収の壁に影響しない手取り額アップの方法として、福利厚生を活用した「第3の賃上げ」も検討してみてはいかがでしょうか。エデンレッドジャパンの提供している食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」を活用することで、手間と費用を抑えつつ従業員の待遇改善を実施可能です。