監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
週あたりの労働時間が20時間を超えるパートやアルバイトなどの短時間労働者を対象に、社会保険の適用が拡大されています。一方、加入要件の複雑さや、度重なる改正が原因で、その詳細について理解が進んでいないのが現状です。本記事では、適用要件の詳細から、社会保険適用の拡大に伴う就業調整の実態・実務対応のポイントなど、社会保険の適用拡大にまつわる疑問点を網羅しています。さらに、従業員の就業意欲を高める福利厚生施策も紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
2024年11月現在|社会保険の加入条件
2024年10月に施行された適用拡大に伴い、社会保険の加入者が増えています。次の条件をすべて満たすパートやアルバイトなどの短時間労働者に対し、新たに社会保険への加入義務が生じています。なお、ここで言及する「社会保険」は、健康保険と厚生年金保険です。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金8万8,000円以上(年収106万円以上)
- 2カ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
- 勤務先の従業員数が51人以上
2024年10月の改正で変更されたのは「勤務先の従業員数が51人以上」の部分です。加入要件の詳しい内容や改正の経緯について、順にわかりやすく解説します。
パートで週20時間を超えたらどうなる?
2024年10月以降、社会保険の適用拡大により、週20時間以上働くパート従業員は新たに社会保険の加入対象となる可能性が生じています。
社会保険へ加入した場合、社会保障制度の恩恵を受けられますが、同時に保険料の支払い義務が生じます。人によっては、労働時間が増えているにもかかわらず手取り額が減少する可能性が否定できません。この、いわゆる「働き損」を避けるため、労働時間を減らす「就業調整」が大きな課題となっています。
ただし、週あたりの所定労働時間が20時間を超えているからといって、すべてのパート従業員がただちに社会保険の加入対象となるわけではありません。実務担当者は、適用条件を正確に理解し、適切な判断を行う必要があります。
社会保険の適用拡大とは?
社会保険の適用拡大は、より多くの労働者へ社会保障制度の恩恵を広げることを目的とした改革です。ここでは、社会保険の適用拡大についての基本的な情報をわかりやすく解説します。
社会保険制度の恩恵を広げるための改革
出典:厚生労働省|社会保険適用拡大 特設サイト|社会保険適用対象となる加入条件
厚生労働省は、段階的に社会保険の適用範囲を拡大してきました。2016年10月の従業員501人以上の企業への適用を皮切りに、2022年10月には101人以上・2024年10月からは51人以上の企業へと対象を広げています。
この改革により、これまで社会保険の対象外だった多くのパート・アルバイトをはじめとする短時間労働者が、健康保険や厚生年金保険による保障を受けられるようになりました。同時に、将来の年金受給額の増加も期待できます。
関連記事:【社労士監修】2024年10月から社会保険適用拡大!変更点と扶養・パート対応を解説
従業員数のカウント方法は?
出典:厚生労働省|社会保険適用拡大 特設サイト|社会保険適用対象となる加入条件
従業員数の算定は、適用対象となるか否かを判断する重要な基準です。具体的には、フルタイム従業員数と、週の労働時間がフルタイムの3/4以上の従業員数の合計で判断します。
法人の場合は同一法人番号の全事業所を合算し、個人事業主の場合は事業所ごとに計算します。12カ月のうち、6カ月以上この基準を超えることが見込まれる場合には適用対象です。この計算には、正社員だけでなくパート・アルバイトも含まれることに注意が必要です。
適用拡大の対象となる短時間労働者の条件は?
社会保険の適用対象となる短時間労働者は、従業員数51人以上の事業所(これを「特定適用事業所」といいます)に勤務する従業員のうち、一定の条件を満たす者です。
週の所定労働時間がフルタイム労働者の4分の3以上の短時間従業員は、従来通り加入対象となります。一方、4分の3未満の場合でも、特定適用事業所に勤務し、以下の条件を満たす場合には加入対象です。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金8万8,000円以上(年収106万円以上)
- 2カ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
以下、それぞれの条件の詳細を解説していきます。
週の所定労働時間が20時間以上
「週20時間以上」という基準は、雇用契約書や労働条件通知書に記載された所定労働時間で判断します。残業時間などの臨時的な労働時間は含まれません。
ただし、契約上の所定労働時間が20時間未満でも、実際の労働時間が2カ月連続で週20時間を超え、その後も同様の状態が続くと見込まれる場合には、3カ月目から加入対象となります。
また、シフト制など変動的な勤務形態の場合は、過去の実績と今後の見込みを総合的に判断する必要があります。特に、繁忙期だけ一時的に20時間を超える場合と、恒常的に20時間を超える場合では、取扱いが異なるため注意が必要です。
Q1:繁忙期だけ週20時間以上になる場合は加入が必要ですか? Q2:シフト制で週により変動がある場合はどう判断すればよいですか? |
月額賃金8万8,000円以上(年収106万円以上)
月額賃金8万8,000円以上という基準は、所定内賃金で判断します。
所定内賃金とは、基本給と諸手当を合算した金額を指します。ただし、すべての手当が含まれるわけではありません。賞与や時間外労働の割増賃金、通勤手当や家族手当などは除外されます。また、最低賃金に算入しないことが定められている精皆勤手当なども対象外です。
2カ月を超える雇用の見込みがある
2カ月を超える雇用見込みの判断は、雇用契約書の契約期間だけでなく、更新の可能性も含めて総合的に判断します。
期間の定めのない雇用契約の場合は、要件を満たすと判断されるのが一般的です。有期雇用契約の場合でも、契約更新の可能性が明示されている場合や、同様の雇用契約で2カ月を超えて雇用されている実績がある場合は、要件を満たすと判断される可能性があります。
学生ではない
学生は原則として社会保険の適用対象外となりますが、一部例外が存在するため注意が必要です。
休学中の学生や、定時制・通信制の学生は加入対象となる可能性があります。また、卒業見込証明書を有し、卒業後も同一の事業所で継続して勤務する予定の学生についても、一定の条件下で加入対象となることがあります。
関連記事:社会保険適用拡大とは?対象企業や必要な対応をわかりやすく解説
健康保険と厚生年金保険以外の社会保険はどうなる?
社会保険の適用拡大は、主に健康保険と厚生年金保険に関するものですが、その他の社会保険についても理解が必要です。特に、介護保険と労働保険(雇用保険・労働者災害補償保険)は、異なる加入要件が設定されているため、実務担当者は制度ごとの違いを正確に把握しておく必要があります。
介護保険
介護保険は、40歳以上の人が加入する制度で、健康保険に加入することで自動的に適用されます。具体的には、40歳以上65歳未満の被保険者は「第2号被保険者」となり、健康保険料とともに介護保険料の支払い義務が発生します。
パート・アルバイトなどの短時間労働者が新たに健康保険の適用対象となった場合も同様で、40歳以上65歳未満であれば、介護保険料が徴収されます。
65歳以上の人は介護保険の「第1号被保険者」となり、保険料は主に年金から天引きされますが、年金受給額が少ない場合などは個別に納付することもあります。
労働者災害補償保険・雇用保険
労働保険(労働者災害補償保険・雇用保険)は、一部の例外を除き、労働者を1人でも雇用しているすべての事業主に加入が義務付けられています。
労働者災害補償保険は、パート・アルバイトを含め、すべての従業員が加入対象となります。
一方、雇用保険の加入要件は、労働者災害補償保険加入者であり、週所定労働時間20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがあることです。社会保険と異なり、賃金要件や企業規模による制限はありません。
「就業調整」の実態
社会保険へ加入すると、保険料の負担が生じ、手取り額が減少します。これを嫌い、社会保険への加入が不要な範囲で仕事をする、いわゆる「就業調整」を行う短時間労働者が少なくありません。その実態について、株式会社野村総合研究所が行った調査をもとに解説します。
参考:野村総合研究所(NRI)|「年収の壁」を意識して年収を一定額以下に抑える有配偶パート女性の割合は約6割で、2年前と変わらず|ニュースリリース|
「就業調整」をしている人が6割強
出典:株式会社野村総合研究所|「有配偶パート女性の就労実態に関する調査」
野村総合研究所が2024年8月に行った「有配偶パート女性の就労実態に関する調査」によると、有配偶パート女性の61.5%が年収を一定額以下に抑えるために就業調整を行っています。
この割合は、2022年の調査時(61.9%)とほぼ変わりません。社会保険の適用拡大が進められている中でも、依然として就業調整が広く行われている実態が浮き彫りになっています。
時給の上昇がさらなる「就業調整」の原因に
出典:株式会社野村総合研究所|「有配偶パート女性の就労実態に関する調査」
同調査では、就業調整を行っている有配偶パート女性の60.6%で時給が上昇しており、そのうち51.3%が「すでに就業調整を実施」・23.3%が「今後実施予定」と回答しています。この結果から、時給上昇が「さらなる就業調整」につながっている実態が明らかになりました。
調査結果をもとにした試算では、約210万人の有配偶パート女性が時給上昇を理由に労働時間を削減する意向を示していることがわかります。最低賃金の上昇や賃上げ機運の高まりにより、この傾向は今後さらに強まる可能性が指摘されています。
就業調整が企業にもたらす課題
就業調整は、パート・アルバイトなどの短時間労働者が、社会保険加入による保険料負担や、配偶者控除の限度額を考慮して行うものです。この就業調整は、企業経営に深刻な影響をもたらします。ここでは、考えられる具体的な影響について解説します。
人手不足が深刻化する
パートやアルバイトの短時間労働者は、多くの企業にとって即戦力です。即戦力となる人材が就業調整を行い、労働時間が短縮されると、企業は必要な労働力を確保できません。
結果として、シフトの編成が困難になるのはもちろん、業務の質の低下にもつながり、企業にとって大きな損失となります。
従業員の負担が増える
短時間労働者の労働時間が減少すると、正社員の業務負担が増加します。この状況が長期化した場合、正社員の過重労働やストレスの増加につながり、最終的には離職率の上昇を招く可能性が否定できません。
併せて、新規採用した従業員の教育・訓練の負担を実際に担うのも、既存の従業員です。実務担当者は、業務の再配分や効率化、応援体制の構築など、従業員の負担軽減策を検討する必要があります。
コストが増加する
就業調整への対応は、企業にさまざまなコストの増加をもたらします。具体的には、新たな人材の採用育成コスト・シフト管理の複雑化による人事労務管理コスト・業務効率低下による生産性コストなどです。
また、社会保険料の事業主負担も考慮しなければなりません。特に、企業体力に限界がある中小企業にとって、これらのコストがもたらす影響は深刻なものとなります。
実務担当者必見!社会保険適用の実務対応ポイント
社会保険の適用拡大は、実務担当者の業務にどのような影響を与えるのでしょうか。ここでは、実務対応における具体的なポイントを解説します。
労働時間管理の実務
社会保険の適用判断をする上で、重要なポイントとなるのが正確な労働時間管理です。シフト制や変形労働時間制を採用している場合は、特に慎重に管理しなければなりません。
勤怠管理システムを活用する場合は、週20時間の基準に対するアラート機能の設定や、2カ月連続での実労働時間の集計機能の活用が効果的です。
また、タイムカードや勤怠システムのログと実際の労働時間にズレが生じないよう、管理者による確認体制も整備しましょう。労働時間の記録は将来の紛争予防の観点からも重要なため、最低2年間は保管することが推奨されます。
契約書・雇用条件の整備
社会保険の適用拡大に伴い、雇用契約書や就業規則の見直しが必要です。特に、労働条件通知書における所定労働時間の記載や、社会保険の適用に関する事項については、明確な記載が求められます。
就業規則については、短時間労働者の所定労働時間の定め方や、社会保険料の控除に関する規定の整備が必要です。また、契約更新の基準や評価制度についても、社会保険の適用を見据えた改定を検討する必要があるでしょう。
変更した規定については、従業員への周知を徹底し、必要に応じて個別の同意書を取得することも検討します。なお、就業規則の変更は労働基準監督署への届出が必要なため、手続きの期限にも注意が必要です。
従業員との話し合いの進め方
社会保険の適用は、従業員の収入に直接影響するため、丁寧な説明と対話が欠かせません。理解を広げる第一段階として、まずは全体説明会を開催し、制度改正の概要や企業の対応方針を説明しましょう。
その後、対象となる可能性のある従業員には個別面談を実施し、具体的な影響額や今後の働き方について話し合います。面談では、社会保険加入のメリット(将来の年金額増加・傷病手当金等の各種給付)についても説明し、就業調整を回避する選択肢も提示しましょう。
質問が多く寄せられる事項(扶養からの外れ方・手取り額の変化など)については、Q&A資料を準備しておくと効率的です。また、面談記録は必ず作成し、合意事項は書面で残すようにしましょう。
福利厚生の充実で従業員の就業意欲を高める
社会保険加入による手取り減少は、従業員の就業意欲低下や就業調整の原因となります。その対策として、近年注目されているのが、福利厚生による補填です。企業は食事補助などの非課税の福利厚生を活用することで、従業員の実質的な処遇を維持・向上させることができます。詳しく見ていきましょう。
福利厚生の活用で実質手取りアップ
福利厚生は、一定条件を満たすことで経費として計上できますし、従業員にとっても非課税枠運用ができるため、給与として同額を支給するよりも、従業員の手取りを増やす効果があります。
福利厚生にはさまざまなものがありますが、中でも就業調整への対策として人気を集めているサービスに「食事補助」があります。日々の生活を支える食事補助は、福利厚生としてのアピール度が高く、従業員満足度向上や、生産性の向上に寄与するからです。
従業員を直接的にサポートしながら社会保険料負担額の一部を補填し、なおかつ企業の生産性や業績の向上にも寄与するのが、食事補助の福利厚生なのです。
関連記事:食事補助とは?福利厚生に導入するメリットと支給の流れ
日本一の実績を持つ食事補助の福利厚生「チケットレストラン」
エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」は、一定の条件下で食事代が半額になる食事補助の福利厚生サービスです。コンビニやファミレス・三大牛丼チェーン店など、全国25万店舗以上の加盟店で利用でき、勤務時間内であれば、利用する場所やタイミングも選びません。
支払いは専用のICカードで、残高の確認や近隣の加盟店検索はアプリで行えます。運用は月に1度のチャージのみで、バックオフィスの負担もありません。
こうした利便性が高く評価され、すでに3,000社を超える企業に導入されている人気のサービスです。
関連記事:「チケットレストラン」の仕組みを分かりやすく解説!選ばれる理由も
週20時間超えても働きやすい職場づくりのために
社会保険の適用拡大は、企業と従業員の双方に大きな影響を与える制度変更です。実務担当者には、正確な適用条件への理解と適切な実務対応に加え、従業員の就業意欲を維持・向上させる施策の検討が求められます。
また、社会保険の適用拡大に伴う就業調整の解消は、企業の生産性向上と従業員の処遇改善の双方に関連する重要な課題でもあります。「チケットレストラン」のような福利厚生の充実や柔軟な働き方の提案を通じ、社会保険加入を前向きな変化として捉えられる環境づくりを進めましょう。