監修者:舘野義和(税理士・1級ファイナンシャルプランニング技能士 舘野義和税理士事務所)
パート従業員にとって、年収130万円は、社会保険加入の義務が発生する重要なボーダーラインです。「130万円の壁」を超えることによる手取り額の減少を避けるため、就業調整をするパート従業員も少なくありません。この就業調整が、企業の人手不足に拍車をかけるとして問題視されています。
本記事では、130万円の壁の基礎知識から、2023年以降の社会保険の新ルールまで、詳しく解説します。パート従業員・企業それぞれの負担を最小限に留めるおすすめの支援策も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
「130万円の壁」とは?|基礎から確認
パートをはじめとする非正規労働者にとって、「130万円の壁」は、超えることで社会保険への加入が義務づけられる重要な指標です。
まずは、「130万円の壁」の基本知識と、重要視されている主な理由を整理していきましょう。
「130万円の壁」とは何か?|パート従業員への影響
パート従業員の年収が130万円を超えると、扶養者の扶養から外れ、自ら社会保険へ加入しなければなりません。これにより、国民健康保険と国民年金への加入義務が生じ、それぞれの保険料を負担することになります。
つまり、パート従業員は、130万円を超えた途端に社会保険料の支払いが発生し、手取り額が大幅に減ってしまうのです。この現象を「130万円の壁」と呼んでいます。
「103万円の壁」から「130万円の壁」へ年収増加がもたらすもの
従来、パート従業員の壁は103万円とされていました。103万円を超えると所得税の支払い義務が生じるためです。しかし2016年、社会保険の適用拡大に伴い、社会保険への加入を義務づけられる年収基準が変わりました。これにより、社会保険にまつわる「106万円の壁」と「130万円の壁」が急速に注目されるようになったのです。
「130万円の壁」と「106万円の壁」はどう違う?
「106万円の壁」も、「130万円の壁」と同じく、社会保険の加入義務にまつわる年収の壁です。
年収130万円を超えたパート従業員は、基本的にみな社会保険への加入が義務づけられます(「130万円の壁」)。一方「106万円の壁」の場合、社会保険への加入が義務づけられるのは以下の条件すべてに該当するパート従業員のみです。
- 1カ月の収入が8万8,000円(年収約106万円)以上
- 週あたりの労働時間が20時間以上
- 2カ月以上の継続勤務
- 学生ではない
- 事業所の従業員数が101人以上(2024年10月以降は51人以上)
「106万円の壁」を超えた場合、加入するのは勤務先の社会保険です。つまり、厚生年金や健康保険(組合健保・協会けんぽ)へ加入することになります。
参考:日本年金機構|短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大のご案内
「130万円の壁」が企業へ与える影響
「130万円の壁」を超えると、社会保険料の支払いによって手取り額が減少し「働いたぶん損をする」事態が生じます。この事態を回避するため、「130万円の壁」を超えないよう、働く時間を調整する就業調整(働き控え)をする非正規従業員は少なくありません。
就業調整を行う従業員が増えると、企業は十分な労働力を確保できません。特に人手不足が叫ばれる近年では、パート従業員の就業調整が企業の生産性や業績にも影響を及ぼしかねないのが現状です。
こうした事情から「130万円の壁」は、パート従業員側だけでなく企業側にとっても深刻な課題となっています。
関連記事:【社労士監修】年収の壁に悩まない経営|中小企業におすすめの対策を解説!
「130万円の壁」対策|2023年10月からの新制度
「130万円の壁」によって生じる就業調整への対策として、2023年10月、政府による新制度(=事業主の証明による被扶養者認定の円滑化)がスタートしました。この制度を利用することにより、パートをはじめとする非正規従業員は、一時的な収入増があっても最大2年間は扶養に入り続けることができます。
この制度は、パートやアルバイトなどの非正規従業員が、年収の壁を意識せずに働ける環境づくりを目的に「年収の壁・支援強化パッケージ」の一環として創設されたものです。
新制度では、あくまでも一時的な収入増であることを事業主が証明することで、最大2年間は年収が130万円を超えても引き続き扶養に入ることができます。
これにより、「繁忙期などの人手が必要なタイミングで即戦力のパート従業員が働けない」といったジレンマを防げるようになりました。
一時的な収入増として認められるケースとは?
「事業主の証明による被扶養者認定の円滑化」の活用には「年収130万を超えているが、一時的なものである」ことを事業者によって証明しなければなりません。
一時的な収入増として認められるのは、主に以下のケースです。
- 他の従業員の退職・休職による業務量増加
- 受注の好調や突発的な大口案件による業務量増加
一方で、基本給の増額や、新しい手当の創設・支給などは、一時的な収入増とは認められません。持続的な賃金増が見込まれるため「事業主の証明による被扶養者認定の円滑化」の対象外です。
【年収の壁】全体像もチェック
年収の壁は、「103万円の壁」「130万円の壁」「106万円の壁」のほかにもいくつか存在しますが、すべてパート従業員の働き方に大きく関わるものです。それぞれの詳細を確認し、年収の壁の全体像を把握しましょう。
年収 (以上) |
住民税 | 所得税 | 社会 保険料 |
配偶者 控除 |
配偶者 特別控除 |
100万円以下 | かからない | 対象 | ー | ||
100万円 | かかる | かからない | |||
103万円 | かかる | かからない | ー | 対象 | |
106万円 | かかる場合あり | ||||
130万円 | かかる | ||||
150万円 | 段階的に減少 | ||||
201万円 | 対象外 |
【税金の壁】100万円の壁・103万円の壁
「100万円の壁」「103万円の壁」は【税金の壁】です。超えることにより、住民税や所得税の支払い義務が生じます。
100万円の壁
年収が100万円を超えると、住民税の支払い義務が生じます(金額は自治体によって異なる)。ただし、未成年者の場合に限り「前年の収入が給与収入のみ」「204万4千円未満」の条件を満たせば非課税です。
103万円の壁
年収が103万円以上になると、所得税の支払い義務が生じます。また、扶養控除の対象外となるため、扶養者(配偶者や親など)の税負担が増える可能性があります。
【社会保険の壁】106万円の壁・130万円の壁
「106万円の壁」「130万円の壁」は【社会保険の壁】です。壁を超えることにより、社会保険料の納付義務が発生します。
106万円の壁
年収が106万円を超え、以下に挙げる加入要件のすべてに該当する場合、扶養者の扶養から抜け、厚生年金保険や健康保険への加入が必須となります。
- 1カ月の収入が8万8,000円(年収約106万円)以上
- 週あたりの労働時間が20時間以上
- 2カ月以上の継続勤務
- 学生ではない
- 事業所の従業員数が101人以上(2024年10月以降は51人以上)
参考:日本年金機構|短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大のご案内
130万円の壁
年収が106万円を超えたとしても、社会保険の加入要件に該当しなければ、扶養者の扶養に入ることができます。
しかし、年収が130万円を超えた場合、加入要件にかかわらず扶養者の扶養から外れなければなりません。自分自身で社会保険に加入し、保険料を負担する義務が生じます。
【配偶者控除の壁】150万円の壁・201万円の壁
「150万円の壁」「201万円の壁」は【配偶者控除の壁】です。壁を超えることで、扶養者である配偶者の配偶者控除が減少する、もしくは受けられなくなります。
150万円の壁
年収が150万円を超えると、配偶者控除が段階的に減少していきます。つまり、扶養者である配偶者の税負担が、年収の増加とともに増えていくことになります。
出典:国税庁|No.2672 年末調整で配偶者控除又は配偶者特別控除の適用を受けるとき
201万円の壁
年収が201万円を超えた場合、配偶者控除・配偶者特別控除の要件をともに外れます。そのため、控除は受けられなくなります。
106万円・130万円|年収ごとの社会保険料は?
パート従業員が年収の壁を超えて社会保険へ加入する場合、実際にどれくらいの保険料の負担が発生するのでしょうか。社会保険へ加入する可能性がある「106万円の壁」と、誰もが社会保険への加入を義務づけられる「130万円の壁」を超えた場合のそれぞれの負担額について、東京都のケースで紹介します。
出典:協会けんぽ|全国健康保険協会|令和6年度保険料額表(令和6年3月分から)|抜粋
106万円の壁|年収107万円になったら
「106万円の壁」を超えて特定の要件を満たす場合、勤務先の社会保険へ加入するため、負担金は勤務先と折半になります。
- 厚生年金保険料:8052円(16,104円の半額)|年額約10万円
- 国民健康保険料:4,391円(8,782円の半額)|年額約5万円
年金と健康保険を合わせ、年間約15万円の自己負担です。
つまり、年収106万円のパート従業員と、年収107万円で勤務先の社会保険に加入した人を比べると、年収106万円のパート従業員の手取り額の方が約14万円多くなる計算です。
130万円の壁|年収131万円になったら
厚生年金の対象となる場合を除き、「130万円の壁」を超えた場合、すべて自己負担で社会保険へ加入しなければなりません。
- 国民年金保険料:16,980円(令和6年度)|年額約20万円
- 国民健康保険料:10,978円|年額約13万円
この場合、年金と健康保険を合わせ、年間約33万円の自己負担です。
このケースでは、年収130万円の人の手取り額の方が、年収131万円で社会保険へ加入した人の手取り額よりも、約32万円多くなります。
合わせて知りたい【勤務先の社会保険への加入要件】
自分自身で社会保険へ加入した場合、保険料は全額自己負担です。一方、勤務先の社会保険へ加入した場合、保険料は勤務先と折半のため、自己負担は半額になります。これにより「どうせ社会保険へ加入するのなら、勤務先の社会保険へ加入したい」と考えるパート従業員は少なくありません。
以下は、パート従業員が勤務先の社会保険へ加入するための要件です
- 1カ月の収入が8万8,000円(年収約106万円)以上・週あたりの労働時間が20時間以上など、所定の要件を満たしている(=「106万円の壁」の社会保険加入要件)
- 週や月あたりの労働時間が正社員の3/4以上
つまり、年収がいくらであれ、正社員の3/4以上働いているパート従業員は、勤務先の社会保険への加入が義務づけられているのです。
参考:私は、パートタイマーとして勤務しています。社会保険に加入する義務はありますか。|日本年金機構
社会保険料の負担をカバーする「福利厚生」
パート従業員にとって、社会保険料の負担は大きいものです。社会保険料の負担を避け、就業調整をするパート従業員が多いのも無理ないことといえるでしょう。
そんな現状を踏まえ、就業調整による人手不足への対策として、近年注目を集めているのが「福利厚生の活用」です。
福利厚生として提供するモノやサービスは、経費として計上できるため、従業員の税金や社会保険へ影響を与えません。
仮に、年収が130万円の従業員に1万円の手当を賃金として支給した場合、年収131万円となり、社会保険への加入が必要です。一方、福利厚生を1万円提供した場合、年収は130万円のままとなり、社会保険への加入義務は発生しません。
また、福利厚生として経費計上した費用は、企業の利益から控除できるため、法人税の節税効果もあります。
例えば、食事補助の福利厚生として日本一の実績を持つエデンレッドジャパンの「チケットレストラン」は、従業員の食事代の半額を企業が負担するタイプの福利厚生です。従業員の毎日の食事に関わる福利厚生のためアピール度が高く、人手不足解消の一助として、多くの導入企業様から高い評価を得ています。
福利厚生の活用は、企業の年収の壁対策としてぜひ検討したい手段といえます。
関連記事:福利厚生導入のメリット・デメリット7選【福利厚生を導入する理由】
130万円の壁への理解を深めてWIN-WINの労使関係を
本記事では、パート従業員と企業に影響を及ぼす「130万円の壁」について解説してきました。
2023年10月にスタートした新制度(事業主の証明による被扶養者認定の円滑化)は、130万円の壁による不利益を回避する有効な手段ですが、あくまでも期間限定の措置です。パート従業員の就業調整に対する長期的な対策としては、不十分の感が否めません。
パート従業員と企業がWIN-WINの関係を築くためには、エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」のような福利厚生の導入をはじめとする積極的な対策が必要です。「たとえ社会保険料を負担することになったとしても、この会社で働き続けていたい」とパート従業員が感じられる企業であることが、将来的に安定した企業経営を実現する鍵といえそうです。