監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
労働協約は、労働組合と使用者の間で取り交わす重要な文書です。本記事では、労働協約がなぜ重要なのかをわかりやすく解説します。法的な位置付けや労働関係の類似するルールと比較することで、労働条件を改善するために締結する「労働協約」の重要性が見えてきます。
労働協約の背景と意義
はじめに、労働協約の背景と意義を解説します。
労働協約ができた背景
労働協約は、労働組合活動から生まれた成果です。個々の労働者と使用者の力関係では、どうしても使用者側の力が強くなってしまうため、労働条件の改善は困難です。そのため、労働者が団結して労働組合を組織し、使用者と対等な立場で交渉できる環境を作り出しました。
日本では、戦後の経済復興期である1945年12月に労働組合法が制定され、労働協約が法的に認められました。その後、労働条件や賃金の改善が進み、現在のような労使関係の基盤が築かれています。
労働協約の意味と重要性
労働協約は、労働組合と使用者間で結ぶ重要な契約書です。交渉の結果取り決めた労働条件や労使関係のルールを明確に文書として定めることで、公正で健全な職場環境を築く基礎ができます。労働協約に定められた労働条件等に違反する労働契約や就業規則は、その部分が法的に無効とされるほど、労使関係は重視されます。
労働協約の法的な位置付け
労働協約は労使関係を規定する重要な法的文書として位置付けられ、労働条件の維持・向上や労使関係の安定化に寄与する役割を果たしています。ここでは、法的な位置付けを解説します。
1.法的根拠
労働協約は「労働組合法」に基づいて締結される文書です。労働組合法第14条では、労働協約を書面で作成し、両当事者が署名または記名押印する必要があると記載されています。また、形式を整えてはじめて法的な効力が発生します。
(労働協約の効力の発生)
第十四条 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる。
出典:e-GOV|労働組合法第十四条
2.効力の優先順位
労働条件に関するルールには、明確な優先順位があります。最上位は労働基準法などの法令です。その下に労働協約が位置付けられます。 優先順位は以下のとおりです。
- 法令(労働基準法など)>労働協約>就業規則>労働契約
出典:e-GOV法令検索|労働基準法第九十二条
3.効力
労働協約の法的な効力を順番に説明します。
規範的効力
労働協約に定められた労働条件は、個々の労働契約を直接規律する効力(規範的効力)を持ちます。労働協約に反する労働契約の内容は、その部分について無効です。
一般的拘束力
労働協約には、特定の条件下で非組合員にも労働協約の効力が及ぶ「一般的拘束力」があります。ある事業所において4分の3以上が一つの労働協約の適用を受ける場合、その事業所の同種の労働者にも効力が及びます。(労働組合法第十七条)一般的拘束力は、職場の公平性を保つための仕組みです。
出典:e-GOV|労働組合法第十七条
有効期間
労働協約の有効期間は3年以内で、3年を超える有効期間を定めることはできません。3年を超える期間を定めても、3年の有効期間を定めたものとみなされます。 (労働組合法第十五条第1 項、 第二項)
出典:e-GOV|労働組合法第十五条
更新
労働協約には自動延長・自動更新の制度があり、多くの企業で採用されています。期間満了前に特別な申し出がなければ、同じ条件で更新される仕組みです。自動更新の場合、形式上別の労働契約が締結されたものとみなされます。自動更新・自動延長を望まない場合は、期間満了前の適切な時期に予告が必要です。
出典:東京都労働相談情報センター|労働協約の手引き
解約
有効期間の定めがない場合、または期間経過後に自動更新されている場合、90日前の記名押印文書での予告で解約が可能です。労使双方に解約権が認められています。
労働協約がもたらすメリット
労働協約は、労使双方にメリットをもたらします。
労働者へのメリット
労働組合を通じた団体交渉により、以下のような効果が得られます。
- 労働者の権利保護
- 安定した労使関係の構築
- 団結力の強化
労働条件や賃金について書面として明確な基準が設けられるため、労働者は自分の権利を守れます。労働条件を維持したり、職場環境の改善にもなるでしょう。
労使間で合意された内容に基づいて仕事を行うため、不安なく業務に集中できるのもメリットです。労働組合として団結することで、個々の声を集めて強い影響力を持つことができ、個別の労働契約では実現が難しい要望も団体交渉を通じて実現できる可能性が高まります。
使用者へのメリット
労働協約締結は、企業経営上の好影響をもたらします。
- 労使関係の安定化
- 職場環境の改善
- 企業イメージ向上
明確なルールを設けることで、後々のトラブルや誤解を防ぐことができ、労使関係を安定させます。 労使間で良好な関係を築くことで、生産性向上や職場環境の改善にもつながります。公正な労使関係の構築は、企業イメージやブランド価値の向上にもなるでしょう。
労働協約の内容
労働協約に定める内容は、労働条件や労使関係全般です。法令や公序良俗に反しないかぎり、内容は自由です。一般的な労働協約では、以下の内容を定めます。
分類 | 主な内容 | 詳細内容 |
規範的部分 | 労働者の待遇に直接関わる事項 | • 賃金
• 労働時間 |
債務的部分 | 労使関係に関する事項 | • 労使協議
• 団体交渉 |
その他 | 協約全体に関わる事項 | • 効力
• 附則 |
出典:東京都労働相談情報センター|労働協約の手引き
労働協約の種類
労働協約には「個別協約」と「包括協約」の2種類があります。事業規模や労使関係の実態に応じて、適切な種類を選びます。
個別協約
個別協約は、特定の労働者と使用者間で「賃金」や「労働時間」といった特定の事項に焦点を当てて定めます。労働者の個別のニーズを満たせます。
- 「時間外労働に関する協約」
- 「賃金体系に関する協約」など
包括協約
包括協約は、労働条件を体系的にまとめた取り決めです。個別協約の積み重ねを包括協約とするケースがよくみられます。多くの企業が採用するスタイルで、安定した労使関係の構築に効果的です。
労働協約と他の労働関係ルールの比較
労働関係のルールを定めたものとして、労働協約のほかにも、労使協定、就業規則、労働契約があります。主要な違いを表で比較しましょう。
【労働関係ルールのポイント】
- 労働協約:労使交渉の結果を反映し、最も強い効力を持つ
- 労使協定:特定の労働条件について法定基準の適用除外を可能にする
- 就業規則:職場全体のルールを定めるが、労働協約に反してはならない
- 労働契約:個別の雇用条件を定めるが、他のルールに劣後する
特徴 | 労働協約 | 労使協定 | 就業規則 | 労働契約 |
締結当事者 | 労働組合と使用者 |
労働組合(無い場合は過半数代表)と使用者 |
使用者が作成 | 個々の労働者と使用者 |
根拠法※ |
労働組合法 | 労働基準法 | 労働基準法 | 労働契約法 |
適用範囲 | 主に組合員 | 全従業員 | 全従業員 | 個別の労働者 |
主な目的 | 労働条件の改善 | 法定基準の免罰効果 | 職場ルールの設定 | 個別条件の合意 |
変更手続き | 労使の合意 | 労使の合意 | 意見聴取後、使用者決定 | 労使の合意 |
効力の強さ | 最も強い | やや強い | 強い | 基本 |
※補足事項
・労働組合法:労使関係の基本的なルールを定める
・労働基準法:労働条件の最低基準を定める
・労働契約法:個別の労使関係を規定する
労使協定との違い
労使協定は労働基準法の例外を定めるのに対し、労働協約は労働条件改善のために締結される点が大きな違いです。
労使協定は従業員の過半数代表者と使用者の間で締結ができますが、労働協約は労働組合としか締結できません。 労働組合がない企業の場合、労働協約は締結できませんが、労使協定は締結できます。
根拠とする法も異なり、労働協約は労働組合法、労使協定は労働基準法です。また、労働条件改善のために締結する労働協約の方が、労働基準法の例外を定める労使協定よりも優先されます。
就業規則との違い
就業規則と労働協約は、どちらも職場の労働条件を定めるルールです。就業規則は、労働基準法に基づき使用者が単独で作成する社内規程です。従業員の意見を聴く必要はありますが、最終決定は使用者が行います。全従業員に適用される一方、個別の合意があれば変更も可能です。
これに対し労働協約は、労働組合法に基づき労使が対等な立場で交渉し、合意した内容を書面化したものです。原則として組合員のみに適用されますが、法的効力は就業規則より強く、個別の労働契約に優先して適用されます。
両者の内容が異なる場合、優先されるのは労働協約です。ただし、就業規則の内容が労働者にとってより有利な場合は、就業規則が優先されることもあります。
労働契約との違い
労働契約は個々の労働者と使用者の間で結ぶ個別の取り決めです。労働契約法に基づき、給与や労働時間といった固有の労働条件を決めます。
労働契約と労働協約の違いは効力の強さです。労働協約は強行的・直律的効力を持つため、個々の労働契約の内容に優先して適用されます。つまり、労働契約の内容が労働協約に反する場合、労働協約の内容を適用します。
変更手続きも異なり、労働契約の変更では、労働者一人ひとりの合意が必要です。これに対し労働協約は、労働組合と使用者の交渉で変更できます。
適用範囲も違います。労働契約の効力はその契約を結んだ当事者のみです。一方、労働協約は原則として組合員全員に適用され、一定の条件下では非組合員にも効力が及ぶこともあります。
労働協約締結のプロセス
労働協約の締結は、以下のステップで行います。
ステップ1: 準備
労働組合は、労働者からの意見や要望を集めて、交渉に向けた準備を行います。必要なデータや情報を収集し、交渉方針を策定します。
ステップ2: 交渉
使用者との初回の交渉が行われます。ここでは、賃金や労働条件について具体的な提案が行われます。双方が合意できるように妥協点を探りましょう。
ステップ3: 合意形成
交渉を進め、双方が納得できる内容に至ったら合意し、詳細な条件を詰めます。
ステップ4: 文書化
合意内容が決まったら、文書化を進めます。労働協約として正式に署名(または記名・押印)されることで、はじめて法的効力が生じます。労働協約については、一部の労使協定のように労働基準監督署長への届出義務はありません。
労働協約に違反の影響
労働協約違反のケースでは、使用者が賃金や労働時間に関する違反をするといった使用者側の違反が考えられます。その場合、民事上の損害賠償請求や慰謝料請求される可能性が考えられます。
労働基準法違反の罰則
労働基準法では次のように定められています。
(法令及び労働協約との関係)
第九十二条就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
出典:e-GOV|労働基準法第九十二条
前述のとおり優先順位は「法令(労働基準法など)>労働協約>就業規則>労働契約」 であり、労働協約違反は労働基準法違反における罰則の対象です。30万円以下の罰金が科される可能性があります。
労働組合法の不当労働行為に該当するリスク
労働協約違反が労働組合法における不当労働行為(団体権や団体交渉権を侵害する行為)に該当する場合は、労働者から損害賠償を請求される可能性があります。
企業価値低下のリスク
労働協約に違反した企業として認識されると、企業の信用性が低下し、社会的価値も低下します。社会的な制裁を受けることもリスクです。
労働協約についてのよくある疑問
労働協約の締結にあたって、よくある不明点や懸念事項を説明します。
労働協約締結の当事者である労働組合がない場合はどうするか?
労働組合がない場合、労働協約以外の方法で労働全般の取り決めができます。具体的には、就業規則や個別の労働契約で労働条件を定めましょう。後から労働組合が結成された場合は、誠実に対応し、団体交渉に応じます。
労働協約は必ず締結しなければならないのか?
労働協約の締結は法律上の義務ではありません。企業は労働組合から協約締結を求められても、必ずしも応じる必要はなく、団体交渉を経て判断する権利があります。
労働協約を締結しない場合でも、就業規則や個別の労働契約で労働条件を定めることは可能です。しかし、労働者との良好な関係を保つために、適切な対応を行うことが重要です。
労働協約締結時のポイント
労働協約締結時に企業が押さえたいポイントを解説します。
1.入念な準備
労働協約は一度締結すると変更が難しく、経営に大きな影響を与えます。そのため、以下のような情報を整理し備えましょう。
- 自社の財務状況の分析:過去数年間の売上高の推移、利益率、人件費率
- 同業他社の労働条件の調査:同業界の統計や公開情報を数社以上確認
2.慎重な検討
労働協約では、労働者の待遇に直接関わる事項と労使関係に関する事項を定めます。以下に記載するような経営に関わる条項は、企業の存続にも影響する可能性があるため慎重な検討が必要です。
- 賃金制度:ベースアップ実施基準、業績連動型の賞与の導入
- 人事権:転勤や配置転換に関する組合との事前協議の範囲
- 事前協議事項:事業所の新設や閉鎖、大規模な組織変更
3.交渉時の留意点
企業の存続と発展を第一に考えながらも、一方的な主張は避け、建設的な話し合いを心がけます。以下のような点に注意を払うと、良好な労使関係を維持しながら、前向きな交渉が可能です。
- 拙速な判断を避ける
- 企業の立場を丁寧に説明する
- 組合の要求の背景を理解する
- 実現可能な代替案を用意する
また、経営判断の余地を残すことも重要です。「状況に応じて協議する」といった柔軟性のある表現を、適切に盛り込みます。
4.明確な規定作り
労働協約の条文は、解釈の余地を最小限に抑えます。数字は具体的に記載し、明確な表現を用いることで、将来的なトラブルを防ぐことが大切です。
5.締結後の管理
働き方が変われば、労働協約のアップデートが必要です。締結後の定期的なメンテナンスが欠かせません。有効期間は適切に管理し、更新が切れる前に準備を始めましょう。
各条項の遵守状況についても、現場での運用に問題がないか、定期的にチェックします。事業構造の変化でも、見直しが必要な条項が出てくる可能性もあり、注意が必要です。
働き方の変化に応じて労働協約の見直しを
働き方の変化に応じて、労働協約の見直しが必要です。この機会に、福利厚生制度の見直しも併せて実施してみてはいかがでしょうか。
エデンレッドジャパンの提供する「チケットレストラン」は、全国25万店舗以上の加盟店でどこでも利用できる便利な食事補助の福利厚生サービスです。突然のテレワークや急な出張でも、専用のICカードを持っていれば全国どこでも使えて、利用する企業は3,000社を超えました。導入には労使協定の締結が必要ですが、労働協約見直しのタイミングと合わせることで、自然な形で進められます。
企業側の経費効率化や税制優遇に加え、従業員にとっても柔軟な利用が可能です。一定の要件を満たしている場合、非課税運用ができるため実質的な収入増も叶います。働き方の多様化に合わせた福利厚生の一つとして、ぜひ検討の選択肢に加えてみてください。