監修者:吉川明日香(社会保険労務士・ 吉川社会保険労務士事務所)
労使協定は、企業と従業員のあいだで締結される重要な取り決めです。労働基準法やその他の法律に基づくこれらの協定は、労働条件を柔軟に調整し、企業運営の効率化を図るために欠かせません。本記事では「36協定」をはじめとする労働基準法に基づく15種類の労使協定や、育児・介護休業法に関連する協定についてわかりやすく解説します。また、協定締結の実務手順も詳しく説明し、実務で役立つポイントを提供します。
労使協定とは?
「労使協定」は、使用者(企業)と従業員の過半数を代表する者とのあいだで締結する協定です。労働条件が労働基準法で定められた原則から外れる場合、労使間の合意のもと、法的にその運用を認めるために締結します。
たとえば「1日8時間・週40時間を超える残業」や「休日労働」を行う際、現場の実態に応じた柔軟な運用を可能にする役割を果たします。
「従業員の過半数を代表する者」とは、以下に該当する者です。ただし、過半数代表者を選任する際には、使用者が指名することはできず、挙手や投票などの従業員による民主的な手続きが必要です。
- 従業員の過半数で組織する労働組合
- 従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)
労使協定の中でも、特に重要なものが、時間外・休日労働に関する「36協定」です。一部例外を除き、36協定の締結なしに、企業は残業や休日労働を従業員へ命じることができません。
そのほかにも、賃金控除に関する協定や、変形労働時間制に関する協定などは、企業の労務管理において重要な役割を果たします。
使用者による一方的な決定ではなく、労使の合意に基づく点が、労使協定の大きな特徴です。
参考:厚生労働省|労使協定について
参考:e-Gov 法令検索|労働基準法|第24条|第32条|第36条
関連記事:【社労士監修】労使協定とは?基礎知識と福利厚生導入の事例をわかりやすく解説
労働基準法に基づく15の労使協定
労使協定にはさまざまな種類があります。ここでは、労使協定の基本となる「労働基準法に基づく15の協定」を紹介します。
1:時間外・休日労働(36協定) 2:1カ月単位の変形労働時間制 3:1週間単位の非定型的変形労働時間制 4:1年単位の変形労働時間制 5:フレックスタイム制 6:事業場外のみなし労働時間制 7:専門業務型裁量労働制 8:休憩の一斉付与の例外 9:賃金からの控除 10:任意貯蓄金の管理 11:年次有給休暇の計画的付与 12:年次有給休暇の時間単位付与 13:年次有給休暇の標準報酬日額での支払い 14:代替休暇 15:デジタルマネーによる賃金支払い |
1:時間外・休日労働(36協定)
時間外・休日労働に関する労働協定は、労働基準法第36条に基づいて締結されることから「36協定(サブロク協定)」と呼ばれます。
労働協定の中でももっとも知られている協定で、企業が法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働や、法定休日における労働を可能にするためには、この協定の締結が必須です。
協定締結時には、延長できる時間の上限や割増賃金率を定めます。割増賃金率は通常25%以上と定められていますが、休日労働では35%以上です。さらに、1カ月あたり60時間を超える時間外労働に対しては50%以上の割増賃金を支給しなければなりません。
●関連する法律:労働基準法第32・35・36条
●届出の要不要:必要(労働基準監督署へ届出によって効力が発生)
●有効期間:原則1年以上(対象期間と揃え、1年とすることが望ましい)
●更新要件:期間満了前に労働者代表と再度協定を締結し、届出る
関連記事:【社労士監修】労使協定と36協定の違いを解説!種類や様式、違反リスク
2:1カ月単位の変形労働時間制
1カ月以内の期間かつ法定労働時間の範囲内で労働時間を平均化するための協定です。
この協定を締結することにより「月の前半は1日10時間労働、後半は6時間労働」のように、一時的な繁閑に対応した柔軟なシフト管理が可能です。
ただし、この協定を締結した場合でも、労働時間の平均が1週間あたり40時間を超えないようにしなければなりません。業務量が増える月末に対応したい事務職や、イベント準備が多い小売業で広く活用されている協定です。
●関連する法律:労働基準法第32条の2
●届出の要不要:必要(就業規則に規定があれば不要)
●有効期間:就業規則に明記されていれば継続的に適用可能
●更新要件:就業条件の変更時に改定が必要
3:1週間単位の非定型的変形労働時間制
小規模事業所(従業員30人未満)の小売業や飲食店・旅館などを対象に、1週間単位で繁閑に応じて労働時間を調整するための協定です。
たとえば、観光シーズン中の土日だけ労働時間を延長し、平日に短縮するなどの運用が可能です。1日10時間まで、1週間の法定労働時間を超えない範囲で労働時間を設定します。
●関連する法律:労働基準法第32条の5
●届出の要不要:必要
●有効期間:法律上の規定なし(労使間の合意による)
●更新要件:有効期限終了時に再協議が必要
4:1年単位の変形労働時間制
1年以内の期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間以内に収まるように設定する制度です。
たとえば、農業や建設業のように、季節ごとの繁忙期と閑散期がある業種で活用されます。繁忙期に1日10時間労働を組む代わりに、閑散期に6時間労働とするなどの運用が可能です。
ただし、1日の労働時間は10時間・1週間の労働時間は52時間を超えないようにする必要があります。
●関連する法律:労働基準法第32条の4
●届出の要不要:必要
●有効期間:1年
●更新要件:有効期間終了前に新たに締結して届出が必要
5:フレックスタイム制
労働者が始業・終業時刻を自由に決められる制度です。
この協定を締結することで、子育てや介護に携わる従業員が9時に出勤し、16時に退勤するといった柔軟な働き方が可能になります。
テレワークやフレキシブルな働き方を推進する企業で広く採用されている制度です。コアタイム(従業員が必ず勤務している必要がある時間帯)を設けるかどうかは、企業ごとに定めます。
●関連する法律:労働基準法第32条の3
●届出の要不要:不要(ただし、清算期間が1ヶ月を超える場合は届出が必要)
●有効期間:協定内容に基づく(通常1年以内)
●更新要件:清算期間や運用ルールを変更する際に再締結
6:事業場外のみなし労働時間制
営業職や出張が多い職種など、事業場外で働く労働者について、実際の労働時間を管理することが困難な場合に適用される協定です。
この協定では、あらかじめ「1日8時間労働とみなす」といったみなし労働時間の取り決めを行います。これにより、外回りが多い営業職員が1日10時間働いた場合でも、みなし労働時間内であれば割増賃金は不要となります。
ただし、適用には詳細な条件があるため注意が必要です。
●関連する法律:労働基準法第38条の2
●届出の要不要:必要
●有効期間:通常1年
●更新要件:労使で再協議して締結し、届出を行う
7:専門業務型裁量労働制
高度な専門性を必要とする業務で、業務遂行の手段や労働時間の配分を労働者の裁量に委ねるための協定です。
適用される業務は、研究開発・デザイン業務・弁護士・建築士などです。この協定を締結することで、研究者が夜間にアイデアが浮かんだ場合なども労働時間に算入でき、時間や場所に縛られない働き方が可能になります。
運用にあたっては、労使協定でみなし労働時間や健康確保措置を取り決め、これに基づいて運用します。また、適用には職務内容の明確化が求められます。
●関連する法律:労働基準法第38条の3
●届出の要不要:必要
●有効期間:通常1年(例外として3年まで可能)
●更新要件:協定期間終了時に再協議が必要
8:休憩の一斉付与の例外
労働基準法では、原則として、1日の労働時間が6時間を超える場合、少なくとも45分以上の休憩を一斉に与えるよう定められています。しかし、この労使協定を締結することで、一斉付与の例外として柔軟な休憩管理が可能です。
たとえば、工場のライン作業では、全員一斉に休憩を取ると稼働が止まってしまいますが、この協定によって交代制で休憩を取ることが可能になります。
●関連する法律:労働基準法第34条第2項但し書き
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:必要に応じて協定を再締結
9:賃金からの控除
賃金は、原則として全額労働者に支払うことが労働基準法によって義務付けられています。しかし、この労使協定を締結すれば、法定控除(税金や社会保険料)以外の費用(寮費や食費など)を控除することが可能です。
具体例としては、従業員寮に住む従業員の給与から、家賃や食堂利用料を天引きする場合などがこれに該当します。適用にあたっては、事前に労働者の同意が必須です。
●関連する法律:労働基準法第24条
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:控除項目や内容に変更がある場合は再協議が必要
10:任意貯蓄金の管理
労働者の貯蓄金を、企業が代わりに管理する場合に必要な協定です。
たとえば、給与からの天引きにより、一定額を従業員の貯蓄として一定額を積み立てる制度を運用する際などに適用されます。この制度は従業員の将来の資金準備に役立ちますが、強制性はなく、労働者からの委託が前提です。
協定の締結時には、貯蓄金の管理方法や、支払い方法を明記する必要があります。
●関連する法律:労働基準法第18条
●届出の要不要:必要
●有効期間:通常1年
●更新要件:再協議が必要
11:年次有給休暇の計画的付与
労働者が自由に取得する年次有給休暇のうち、5日を超える部分について、企業が事前に取得時期を計画的に定める制度です。
たとえば、全員が一斉に休む夏季休暇や年末年始休暇を有給休暇で賄う場合に利用されます。この制度により、企業の業務効率と休暇取得率が向上します。
●関連する法律:労働基準法第39条第6項
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:計画変更時に再締結
12:年次有給休暇の時間単位付与
通常1日単位で付与される年次有給休暇を、労使協定により1時間単位で取得可能とする制度です。
子どもの送迎や通院など、短時間だけ休暇を必要とする場合に活用されます。ただし、時間単位で取得できるのは、1年につき5日分までに限定されます。
●関連する法律:労働基準法第39条第4項
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:必要に応じて再協議
13:年次有給休暇の標準報酬日額での支払い
有給休暇中の賃金を、健康保険の標準報酬日額に基づいて支払う場合に必要な協定です。
これは、休暇中も一定の収入を得られるようにするための措置で、給与体系が変動する職種で多く採用されています。
●関連する法律:労働基準法第39条第9項但し書き
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:変更時に再締結
14:代替休暇
時間外労働や休日労働を行った従業員に対し、割増賃金の支払いに代えて有給休暇を付与する制度です。
たとえば、休日出勤した翌週の平日に代休を取得させる場合などに利用されます。実際に運用する際は、労使協定の締結時に条件を明確に定めておく必要があります。
●関連する法律:労働基準法第37条
●届出の要不要:不要
●有効期間:特に制限なし
●更新要件:必要に応じて再締結。
15:デジタルマネーによる賃金支払い
「PayPay」や「COIN+(スタンダード)」などのデジタルマネーで、賃金を支払う際に必要な協定です。
労働者の同意を得ることが前提であり、受取方法や資金保全の確保が義務付けられています。企業のキャッシュレス化推進に対応するための新制度です。
●関連する法律:2023年改正 労働基準法施行規則|労働基準法第24条
●届出の要不要:必要
●有効期間:1年(慣例的に)
●更新要件:有効期限終了時に再締結
労働基準法以外に基づく労使協定
労使協定には、労働基準法以外の法律に基づくものもあります。中でも、育児・介護休業法に関連する協定は重要です。
育児・介護休業法は、育児や介護と仕事を両立させるための権利を労働者に保障するもので、以下のような制度が含まれます。
- 育児休業:子どもが1歳(最長2歳)に達するまでの休業
- 介護休業:要介護状態の家族1人につき、通算93日まで取得可能
- 子の看護休暇・介護休暇:子どもや家族のために、原則年5日まで・対象家族が2人以上の場合は10日までの休暇を取得可能
- 短時間勤務制度:育児や介護に対応するための労働時間短縮
これらの制度は原則としてすべての労働者が利用できますが、特定の条件を満たさない場合に限り、労使協定を締結して適用除外を設定できます。企業にとって、業務運営の柔軟性を保ちながら、労働者の権利を確保するための重要な制度です。
関連する代表的な労使協定には、以下のようなものがあります。
- 育児休業の適用除外に関する協定
- 介護休業の適用除外に関する協定
- 子の看護休暇の適用除外に関する協定
- 介護休暇の適用除外に関する協定
- 産後パパ育休(出生時育児休業)の申出期限に関する協定
- 産後パパ育休中の就業を可能にする協定
これらの協定を活用することで、企業は法令を順守しつつ、業務と従業員の両方に配慮した運用を実現できます。ただし、締結にあたっては、協定内容が法律の趣旨を逸脱しないよう注意が必要です。
参考:厚生労働省|令和3(2021)年法改正のポイント|育児休業特設サイト
労使協定を締結する際の手続きシミュレーション
実際に労使協定の締結を行う場合、必要な手続きとは具体的にどのようなものなのでしょうか。ここでは、食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」を導入するケースを例として、労使協定の締結からそれに伴う就業規則の変更まで解説します。
労使協定を締結する
1: 労働者代表の選出
労使協定を締結するために、労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)を選出します。選出にあたっては、企業側からの指名はできません。民主的な手続き(挙手や投票)を経て選出することが重要です。
2: 協定内容の協議
「チケットレストラン」の利用条件や支給額・対象者を具体的に協議します。以下のように、具体的な条件を定めます。
●支給額:月額3,500円
●対象者:直接雇用契約のあるすべての従業員
●利用範囲:加盟店
3: 協定書の作成と締結
労使間で合意した内容を文書化し、双方が署名もしくは記名押印します。原本は企業で保管し、必要に応じて従業員に内容を周知します。
就業規則を変更する
1:就業規則の改定案作成
食事補助の導入に伴い、就業規則の福利厚生の項目に新しい内容を追加します。たとえば、以下のような文言を記載します。
「従業員に対し、福利厚生として月額3,500円相当の食事補助を支給する。ただし、支給方法はチケットレストラン(食事券)の利用による。」
2:労働者代表への意見聴取
変更内容について労働者代表から意見を聴取し、その意見を記録として残します(意見に法的拘束力はありません)。
3:労働基準監督署への届出
就業規則の改定案を作成し、労働基準監督署に提出します。この際、提出書類として以下を準備します。
●就業規則の変更後の全文
●労働者代表の意見書
●就業規則変更届
●新旧対照表
4:従業員への周知
変更した就業規則を、全従業員が確認できるように周知します。周知方法としては、以下のいずれかを選択するのが一般的です。
- 事業場の見やすい場所への掲示
- 書面の交付
- 電子メールの送信やイントラネットへの掲載(各作業場で内容確認が可能な場合)
労使協定と就業規則変更のポイント
「チケットレストラン」のような福利厚生を導入する際には、労使協定の締結や、就業規則の変更が不可欠です。それぞれの手続きにおいて注意すべきポイントは以下の通りです。
労使協定の締結時 就業規則変更時 |
これらの手続きをスムーズに進めることで、企業と従業員の双方が納得する福利厚生の導入が実現できます。特に、初めて導入する場合は、専門家の助言を受けることも検討しましょう。
日本最大級の食事補助の福利厚生サービス「チケットレストラン」
エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」は、専用のICカードで決済する、食事補助の福利厚生サービスです。
「チケットレストラン」は利用する従業員が、一定の条件下において加盟店で食事をすると、食事代が半額になります。また、勤務時間内であれば、時間も場所も問いません。そのため、ランチだけでなく、おやつや休憩時の軽食などの購入にも利用できます。リモートワークや出張中でも問題ありません。
こうした利便性の高さが広く評価され「チケットレストラン」は、導入企業数3,000社以上・利用率98%・継続率99%・満足度93%を誇る、日本最大級の食事補助の福利厚生サービスとなっています。
労使協定を戦略的に活用し、働きやすい職場づくりを実現
労使協定は、企業と従業員の信頼関係を築き、効率的な労務管理を実現するための重要な仕組みです。特に36協定や変形労働時間制に基づく協定は、柔軟な働き方を可能にし、業務の効率化にも寄与します
また、育児・介護休業法に関連する協定は、多様なライフスタイルに対応するために欠かせません。適切な締結手続きと運用を行うことで、法令遵守だけでなく、従業員の満足度やモチベーションの向上にもつながります。
労使協定を戦略的に活用し、企業と従業員がともに成長できる職場環境を構築しましょう。