人材を企業の資本と考え、企業価値の向上に役立てる人的資本経営では、社員の能力を正確に把握し活用することを目指します。このときに役立つのが人的資本の情報です。企業内部で役立てるのはもちろん、投資をすべきか判断する投資家や、就職すべきか検討中の求職者にとっても重要な情報といえます。
人的資本開示とは
人的資本というとき、人材は企業の資本と考えられます。資本とは事業活動の元手になるもののことです。人的資本が豊富であれば、企業の成長が見込めます。
自社の人材がどのような能力を持っているか、その能力を最大化するためにどのような取り組みを行っているかなど、人的資本に関わる情報をデータや指標で示すのが人的資本開示です。
日本では2020年9月に「人材版伊藤レポート」が公表され、人的資本が注目されるようになりました。
参考:経済産業省|持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~
「人的資本」と「人的資源」の違いは投資とコスト
「人的資本」とよく似た言葉に「人的資源」があります。人的資本では人材を資産ととらえ投資対象と考えるのに対し、人的資源では人材はコストです。コストであれば減らした方が経営状況の改善につながるため、「より効率よく使うにはどうすればよいか?」がポイントになります。
例えば、必要最低限の人数で多量の業務をこなさなければいけない現場が発生することもあるでしょう。人材を資本と考えていれば、採用や教育を積極的に行うことで、業務の分散や効率化が進みやすくなります。社員にとって働きやすい環境を整えつつ、生産性アップの実現が可能です。
開示すべき項目
2023年3月期決算以降の事業年度にかかる有価証券報告書には、人的資本開示が義務付けられました。必ず記載しなければいけないのは、有価証券報告書に新設された「サステナビリティに関する考え方及び取組」という欄と、「ガバナンス」「リスク管理」に関する内容です。
参考:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等の公表について
開示が望ましい19項目をチェック
記載は必須ではありませんが、以下の19項目は「人的資本可視化指針」で開示が望ましいとされています。
項目 | 内容 |
育成 |
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エンゲージメント |
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流動性 |
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ダイバーシティ |
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健康・安全 |
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労働慣行 |
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コンプライアンス/倫理 |
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開示が望ましい19項目を紹介しましたが、具体的にどのような内容を開示すればよいのでしょうか?それぞれの内容をチェックします。
- 人材育成:研修にかかる時間やコスト、研修の成果など
- エンゲージメント:社員が企業に愛着心を持ち、自ら考え行動し、やりがいを持って働けているか
- 流動性:離職率、定着率、採用コストなど
- ダイバーシティ:社員の年齢、性別、障がいの有無などの多様性や、育児休暇の取得率など
- 健康・安全:労働災害の発生率、健康・安全に関する取り組みなど
- 労働慣行:団体交渉協定の対象となる社員の割合、福利厚生の種類など
- コンプライアンス/倫理:コンプライアンスや倫理に関する研修を受講した社員の割合、苦情件数など
ISO30414で指定されている11領域もチェック
人的資本開示の国際的な基準はISO30414です。開示する情報は以下の11領域で、58の指標があります。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 健康、安全
- 生産性
- 採用、異動、離職
- スキルと能力
- 後継者計画
- 労働力
ただし、紹介した全てを開示する必要はありません。どの項目を開示するかは各企業が戦略的に判断します。
人的資本開示を行う理由
自社に在籍する人材を資本ととらえて、その情報を開示するのは、情報開示を自社の価値向上につなげるためです。具体的にどのような影響があると考えられているのでしょうか?
企業の成長に欠かせないため
企業が今より多くの収益を獲得し成長していくには、人の働きが欠かせません。IT化が進むことで、業務はIT化できるものとIT化で代替できないものとに分類されました。これにより、人でなければ担えない業務があると分かり、人的資本の価値が高まっています。
人材へ投資し育成することで、持続的な企業価値の向上につながるという認識が生まれたことも、人的資本開示を実施する流れにつながっています。
ESG投資へ関心が高まっているため
これまで投資家は、キャッシュフローや財務情報をもとに投資判断をしていました。ただし近年は環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を合わせた「ESG」を重視する傾向が見られます。
経済が発展していく反面、企業活動による気候変動問題や環境問題、社会問題などが明るみに出る中、国連が機関投資家へ2006年に提唱した「責任投資原則」にESGを投資プロセスに組み入れる内容が盛り込まれていたことで広まった考え方です。
人的資本はESGのうち社会につながっているため、ESG投資の判断材料のひとつに用いられます。
人的資本開示のポイント
人的資本の情報開示は、相互理解や自社の価値向上を目的に行うものです。開示することが目的にならないよう、以下に注意しましょう。
- ニーズに合わせた情報開示
- 情報は数値で提示
- 取り組みの背景を解説
ニーズに合わせた情報開示
自社にある情報を全て開示すればよいとは限りません。投資家や求職者などが求めている情報は何かを考え、ニーズを満たす情報を開示するのが重要です。開示が推奨されている19項目を参考に、どれが開示するのに適切かを検討するとよいでしょう。
情報は数値で提示
具体的な数値を示すのもポイントです。例えば教育に関する情報であれば、研修の実施率や受講者の成績などを示します。さらに「仕事の成果にどれだけつながっているか」を明確にできれば、誰が見ても見やすい情報として開示可能です。
数値で定量的に把握できれば、他社との比較や時系列での変化などをとらえやすくなります。
取り組みの背景を解説
単に自社の状況を示すデータだけを開示しても、相互理解は進まないかもしれません。意識すべきなのは、なぜその取り組みをしているのか?という背景に合わせた解説です。
社員に対し研修を実施しているのであれば、その理由を含めた解説をするとストーリー性が伝わり、理解につながりやすくなります。
例えば「ITを活用した業務効率化を促し、社員がより生産性の高い仕事へ携われる体制への移行を目指し、ITリテラシー研修を実施しています」と解説した上で、研修の受講率といった数値を提示するとよいでしょう。
人的資本の情報開示義務化の対象
人的資本の情報開示は全ての企業に課されるわけではありません。義務化されたのは有価証券報告書を提出する大手企業約4,000社です。以下のいずれかに当てはまる企業は、有価証券報告書を提出する必要があります。
プライム市場、スタンダード市場、グロース市場などへ上場している企業
対象となる企業は有価証券報告書を提出する際、サステナビリティやガバナンス、リスク管理について記載した上で提出します。提出しない場合は直前事業年度の監査報酬額相当、もしくは直前事業年度がない場合は400万円の課徴金が課される決まりです。
中小企業が取り組むべき人的資本開示
2023年6月時点で、中小企業に人的資本の情報開示は義務付けられていません。義務ではないため実施する必要はありませんが、独自に情報の整理と取捨選択を実施し、人的資本の情報開示を行えば、今後の企業活動をスムーズに進めやすくなるかもしれません。
法令へ対応しやすくなる
現在は有価証券報告書を提出する大手企業に限られている人的資本開示の義務化ですが、将来的にも大手企業のみが対象であり続けるとは限りません。段階的に対象となる企業の範囲が広がっていくことも考えられます。
情報開示が義務化された場合には、過去にさかのぼって指標を測定し提示しなければいけないかもしれません。義務化されていない今のうちから情報開示していると、大量のデータを一気に処理する手間が不要です。
また自社の状況を客観的に把握するきっかけとなり、経営状況の改善や、人材の有効活用につながることも期待できます。
大手企業と取引しやすくなる
大手企業との取引には人的資本の情報開示が求められるかもしれません。大手企業の多くは、環境、社会、ガバナンスを重視するESG経営の取り組みを強化しているためです。その一環としてCSR調達が行われています。
CSR(Corporate Social Responsibility)とは企業が担う社会的責任のことです。CSR調達では品質や価格、納期が条件に合うというだけでは取引先に選ばれません。法令や社会規範を遵守し、社会的責任を果たしていることが求められます。
自社が確かに社会的責任を果たしていると証明するには必要な情報の開示が必要で、人的資本開示はそのひとつです。
人材採用に役立つ
求職者は企業の働きやすさや教育体制の充実度をチェックし、就職先を決めるときの参考にしています。少子高齢化に伴い人材が減っている中、人材を獲得するためには自社の魅力をアピールしていかなければいけません。
人的資本の情報開示は、求職者が知りたがっている企業の情報を提示することにつながります。一般的に中小企業は「労働時間が長い」「研修制度が整備されていない」「福利厚生の充実度が低い」と思われがちですが、実際には企業ごとに異なります。
自社の福利厚生の内容や利用率などを開示すれば、イメージしていたより福利厚生の充実度が高く、魅力的に感じた求職者からの応募が増えるかもしれません。
人材採用には企業の魅力アップも重要
スムーズに人材採用を行うには、人的資本開示により企業の現状を伝える必要があります。ただしそのままでは、他社と比べアピールできる点が少ないかもしれません。そのような場合には、企業の魅力アップに取り組むとよいでしょう。
人的資本開示で提示する項目について、指標の数値が高まるよう改善していくのがおすすめです。ここではエンゲージメントの一種である社員エンゲージメントと、労働慣行の福利厚生について、魅力アップの方法を紹介します。
社員エンゲージメントを改善する方法
「会社に貢献したい」という自発的な意欲が社員エンゲージメントです。向上すると社員のモチベーションアップや離職率の低下、生産性の向上などに役立つといわれています。社員エンゲージメントの改善には、以下の施策が効果的です。
- 企業理念の浸透:全体ミーティングといった機会に伝えたり、いつも見える場所へ掲示したりする
- 公平な人事評価:「企業理念に合う仕事をしているか」や、プロセスも評価基準に加える
- 円滑な社内コミュニケーション:上司は社員のやる気を高める声掛けを意識し、社員同士は承認し合い、気軽に会話ができる関係性を構築する
- キャリアサポート:社員が希望するキャリアをサポートする
- ワークライフバランス:多様な働き方や価値観に合わせた働きやすい制度を作る
社員エンゲージメントの改善は、社員にとって働きやすい職場を作ることで、企業のビジョン達成に向け自律的に仕事に取り組める人材育成につながる方法です。
関連記事はこちら:社員エンゲージメントを高める施策をチェック。指標や調査方法も解説
福利厚生を充実させる方法
福利厚生は社会保険や有給休暇といった法律で定められている「法定福利」と、企業が独自に設けている「法定外福利」の2種類です。魅力アップのためには法定外福利を充実させましょう。ただし自社で全ての福利厚生を導入したり管理したりするのは手間も費用もかかります。
例えば、社員が楽しく休暇を過ごせるよう保養所を作る場合、保養所の建物を用意する費用に加え、管理人を雇う費用、維持管理にかかる費用などが必要です。不動産を取得することになるため固定資産税もかかります。社内では利用者の申し込み受け付けといった事務作業の負担も必要です。
手間や費用を抑えつつ福利厚生を充実させるには、福利厚生サービスを提供している企業への外部委託を検討しましょう。運営や管理を委託先へ任せられますし、自社で全てを用意するより費用を抑えて導入できます。
関連記事はこちら:福利厚生を充実させるなら何を導入すべき?福利厚生のデメリットを解消する導入方法も解説
食事補助を導入するなら「チケットレストラン」がおすすめ
福利厚生の中でも、食事補助は社員が「あったらうれしい」と感じる福利厚生であることが、株式会社ビズヒッツが行った「あったら嬉しい福利厚生に関する意識調査」からも分かります。食事補助を外部委託するなら、勤務場所や働き方によらず利用しやすいエデンレッドジャパンの「チケットレストラン」がおすすめです。
参考:ビズヒッツ|【あったら嬉しい福利厚生ランキング】男女501人アンケート調査
全国25万店以上の対象店舗で使える
エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」は全国にある25万店以上の対象店舗で使えるのが特徴です。出先の飲食店で昼食を食べたり、「 Uber Eats 」でオフィスや自宅へデリバリーを依頼したりできるため、社員全員が利用しやすい福利厚生といえます。
これまでに2,000社以上の企業が導入しており、99%の社員が利用していることからも、公平性の高さが分かります。企業の魅力アップにつながるサービスの導入を検討してみませんか。資料請求はこちらから
中小企業は人的資本開示で魅力を伝えよう
有価証券報告書を提出する大手企業の人的資本開示が義務化されました。中小企業は現時点では義務化されていませんが、人的資本開示を行うことで自社の魅力を取引先候補の企業や求職者などへ伝えやすくなります。
大手企業と取り引きしやすくなったり、人材採用がスムーズに進みやすくなったりするかもしれません。データを見返し現状把握した結果、アピールにつながる魅力が不十分と感じる場合には、企業の魅力アップに取り組むのも効果的です。
例えば福利厚生の充実度を高めるなら、エデンレッドジャパンの「チケットレストラン」を導入してみてはいかがでしょうか。資料請求はこちらから