仕事を複数の人で分担しあう「ワークシェアリング」。新型コロナウイルスの影響で景気が悪化する中、「ワークシェアリング」は、雇用を維持していくべきかに頭を悩ませる企業と、失業を免れたい労働者の両者にメリットがある取り組みです。導入を検討する企業も増えており、人材確保や働き方の多様化にもつながるとして注目を集めています。
「ワークシェアリング」とは?
ワークシェアリングとは、1人の従業員が担っていた仕事を複数人で分担することで、1人あたりの負担を減らし、効率性と生産性の向上を目指す取り組みです。導入の目的によって以下のように分類されます。(※1)
(1)緊急対応型
一時的な景気悪化を乗り越えるため、従業員1人あたりの労働時間を減らし、雇用を維持する。
(2)中高年対策型
定年を迎えた中高年の再雇用数などを増やすため、1人あたりの労働時間を短縮させる。
(3)雇用創出型
より多くの労働者に雇用機会を与えて失業率を改善するため、国や企業単位で取り組む。
(4)多様就業対応型
さまざまな短時間勤務を設け、育児中の人や家族の介護を抱えている人などが働く機会を設ける。
ワークシェアリングは1980年代に、失業率が高まった欧州で、雇用を守るために始まりました。特に効果が高かったのがオランダです。政府と経営者側、労働組合とが協力して推し進めた結果、1983年に11.9%だった失業率は、2001年に2.7%まで改善しました。
▼オランダ・ワークシェアリング導入による失業率の変化
女性や高齢者の労働人口も増えた一方、1人当たりの年間平均労働時間は減少。1979年に1600時間近くありましたが、1990年代後半には約1350時間となりました。(※2)
日本ではバブル崩壊後やリーマンショック後に導入機運が高まりましたが、欧州と比べ、仕事の権限や範囲を定めにくい環境にあったことなどから、なかなか定着しませんでした。しかしコロナ禍と働き方改革が叫ばれる昨今、その効果が改めて注目されています。
ワークシェアリングのメリット・デメリット
ここで、ワークシェアリングのメリットとデメリットを解説します。短期的な成果だけを見ると、デメリットが目に付きやすいものの、多様化する働き方や企業としてのあり方を長期的な視点で俯瞰すると導入メリットが大きいかもしれません。
《ワークシェアリングのメリット》
企業視点
・人材の確保と育成
不況で一時的に人件費を減らす必要が出た時もリストラをしなくて済み、有能な人材を確保し続けることができます。また、若手活用の機会が広がり、技術のある高齢者や育児を抱えた女性の働く機会も増えるため、競争力強化を図れます。安易に人員削減に走らない企業として、イメージアップにもつながります。
・職場環境の向上
従業員1人あたりの負担が減るので、長時間労働の改善につながります。離職率の低下も期待できます。
・助成金が支給される
不況でも雇用を維持した企業については、1人あたり1日8370円を上限として「雇用調整助成金」が国から支給されます(※3)。新型コロナウイルスの影響を受けた企業に対しては、時限的に上限額が15,000円に引き上げられています(※4)。
働く人視点
・雇用機会の増加
不況で失業する心配がなくなります。また、育児中の女性や高齢者など働きたくても働けなかった人たちの受け皿が広がる効果もあります。
・自分や家族のために使える時間が増える
労働時間の短縮により、プライベートの時間が増えます。資格取得に費やしたり、介護や育児にまわすことができ、ワークライフバランスの向上が見込まれます。
《ワークシェアリングのデメリット(課題)》
企業視点
・コストが増える
従業員の雇用数が増えると、社会保険料や福利厚生費などが増加します。また異なった給与体系の計算や管理のため、手続きが煩雑になります。
・仕事の工程の複雑化
一つの仕事に携わる人が増えるため、マニュアルを作ったり、コミュニケーションを取れるようにしておかないと、ミスを生むおそれがあります。
働く人視点
・給与が下がる
労働時間が減るため基本給は下がります。常態化すると、低賃金労働者の増加につながりかねません。
・待遇の不平等化
ワークシェアリングを実施している従業員としていない従業員の間で賃金や就労時間に差が出るため、不満が生じる可能性があります。
ワークシェアリング導入する国内の企業事例
(1)株式会社パム(沖縄県那覇市)
旅行予約サイトの運営などを手掛ける「株式会社パム」は、新型コロナウイルスの影響で収益が大幅に減少する中、なんとか雇用を維持しようと、自社の従業員が別の企業で働くワークシェアリング制度を導入しました。従業員はパムと出向先企業の両社と雇用契約を結んだ上で、1年間、相手企業で勤務します。従業員の給与はパムでの水準を維持するといい、出向先の給与との差額はパムが負担しています。
5月にはコールセンター事業を営む株式会社コーカス(沖縄県那覇市)と締結(※5)。違う業種ながら、出向が決まった従業員は「休業しているタイミングで、失うものはない状況だったので、チャレンジしてみようという気持ちが大きかった」と振り返ります。事前に出向先の企業と面談し、担当する業務や期待されている点などを確認できたため、問題はほとんどなく、むしろスキルアップを実感しているようです。(※6)
(2)株式会社日本レーザー(東京都)
レーザー機器専門商社の株式会社日本レーザーでは、育児などを抱えた女性従業員らが働きやすい職場環境を作るため、一つの仕事に担当を2人つける「ダブルアサインメント」を取り入れ、どちらかが休みを取っても、仕事が滞らない仕組みになっています。また、1人で複数の仕事を掛け持ちする「マルチタスク制度」も同時に導入したことで、人件費の抑制につながっています。
工夫しているのは、午後5時半の定時退社を推進している点です。これにより、従業員が「自分が休んだ際に、同僚に大きな負担がかかってしまうかも」と後ろめたい気持ちにならずに済みます。こうした配慮もあり、同社では10年以上、退職者ゼロという状況が続いています(※7)。
まとめ
ワークシェアリングには不況時の人件費抑制策というイメージがありますが、人手不足を解消する効果もあります。いい点も悪い点もあることを踏まえ、現場の意見も聞きながら、それぞれの企業に合った制度作りを考えることが重要です。
《参考資料》
※1:ワークシェアリングに関する調査研究報告書/厚生労働省
※2:「ワークシェアリングの成果」平成13年度 年次経済財政報告/内閣府
※3:雇用調整助成金/厚生労働省
※4:雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)/厚生労働省
※5:プレスリリース「災害時の雇用維持 地域企業連携による 「ワークシェアリング」の実施」/株式会社パム
※6:「ワークシェアリング」を通して新しい仕事にチャレンジ/株式会社パム
※7:メディア掲載実績「ワークシェアで負担軽減 育児や介護中 急な休みに対応」/日本レーザー