監修者:森田修(社労士事務所 森田・ミカタパートナーズ)
住宅手当とは、従業員に対して住宅に関連する費用を手当として支給あるいは補助する、企業の福利厚生制度のひとつです。
独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った「企業における福利厚生施策の実態に関する調査」(※1)によると、住宅手当について44%の企業が家賃補助や住宅手当を支給しているというデータがあげられており、企業・従業員ともに関心の高い福利厚生制度であることがわかります。
この記事では、住宅手当を従業員に支給する条件について居住形態や家族分類ごとに分けて解説します。
住宅手当を支給する条件を解説
福利厚生制度の中で住宅手当は「法定外福利厚生」で、社会保険など法律上実施が義務付けられている「法定福利厚生」とは異なり、企業が実施するのはあくまで任意となります。
ただし、企業が住宅手当を支給する場合、就業規則や賃金規定などの社内規定にて、対象者や支給金額など条件を明示する必要があります。
住宅手当の条件:居住形態ごと
ではまず「持ち家」「賃貸」「社宅」といった従業員の居住形態ごとの住宅手当の一般的な支給条件を説明していきます。
持ち家の場合
従業員が本人名義の持ち家に居住する世帯主であり、住宅ローンを支払っている条件に当てはまれば、その補助の意味合いで住宅手当を支給するケースがあります。従業員からは「登記簿謄本」や「ローン支払い明細書の写し」などの証明書類を提出してもらうことになります。
- 自ら居住する持ち家の住宅ローンを負担する従業員に対して 〇万円支給する
- 自ら居住する持ち家の住宅ローンを負担する従業員に対して 残返済額÷残返済月数の〇分の1を支給する
持ち家の場合、一般的に賃貸物件居住者よりも手当額が低くなることが多いです。
賃貸の場合
従業員が本人名義の賃貸物件に居住する世帯主の場合、家賃補助の意味合いで住宅手当を支給するケースがあります。従業員からは「賃貸借契約書の写し」などの証明書類を提出してもらうことになります。
規定例は以下のようなものがあります。
- 自ら居住する賃貸物件の家賃を負担する従業員に対して 〇万円支給する
- 自ら居住する賃貸物件の家賃を負担する従業員に対して 月額家賃の〇分の1を支給する
なお、子育てファミリー向けの家賃助成制度は一部の自治体にて実施されており、支給要件・支給金額等さまざまです。
子育てファミリー世帯向けや新婚世帯向けの家賃や転居費用等の助成制度がある自治体の紹介です。
- 東京都豊島区「子育てファミリー世帯家賃助成制度」令和4年度(※2)
条件を満たした子育てファミリーに月額最大25,000円を補助 - 埼玉県春日部市「春日部市結婚新生活支援事業」令和4年度(※3)
条件を満たした新婚夫婦に住居費や引越費用など最大30万円を補助
対象となる従業員に対して、このような「社外福利厚生制度」の活用を勧めてみてはいかがでしょうか。
※上記助成制度は2022年5月の情報です。予算額や期間により、事業が終了している場合あります。各自治体のホームページにて確認の上ご検討ください。
社宅の場合
企業が保有している物件を従業員に貸し出す「社有社宅」と、一般の賃貸住宅を企業が不動産業者から借り上げ、従業員に貸し出す「借り上げ社宅」があります。
以前は大企業を中心に「社有社宅」が多く存在しましたが、維持管理コストの負担が大きいことから、廃止・統合の動きが強く、現在は「借り上げ社宅」が主流になってます。
住宅手当が企業から給与に上乗せする形で従業員に支給されるのに対し、借り上げ社宅の場合は企業が借りている賃貸物件を従業員に貸し出し、家賃を徴収する形をとります。
借り上げ社宅の家賃額は、国税庁が定めた「賃貸料相当額」を算定し、それに基づいて企業が決定します。
賃貸料相当額とは、次の(1)~(3)の合計額をいいます。
- (1) (その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
- (2) 12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル))
- (3) (その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22
また、賃貸料相当額の50%以上を家賃として受け取っていれば、企業は給与として課税されないことから、借り上げ社宅の家賃額は一般的な家賃相場より低く設定され、従業員にとってメリットとなります。
社会保険料に関しては考え方が異なります。社会保険料を決めるにあたりこの借り上げ住宅制度は「現物給与」という報酬扱いになります。計算方法は都道府県毎に居住スペース1畳の価格(東京は2,830円)が決まっておりその金額から本人からの徴収金額を差し引いた額が報酬となります。この居住スペースには玄関、台所、トイレなどの居住用以外のスペースは含みません。
例えば、東京で居住スペースが10畳、本人からの家賃徴収額が1万円とした場合は2,830×10-10,000=18,300円が報酬となるため、この金額が基本給などに上乗せされ社会保険料が決まるのです。
ただし借り上げ社宅には賃貸物件の契約や家賃支払いといった事務手続きが発生する、契約の仕方によっては賃貸物件が空室になっても家賃が発生する、といった企業側のデメリットもありますので、注意が必要です。
住宅手当の条件:家族分類ごと
次に「家族と同居」「一人暮らし」「同棲」といった家族分類ごとの支給要件を説明していきます。
家族と同居している場合
「持ち家の場合」「賃貸の場合」でも触れましたが、住宅ローンや家賃を負担している世帯主という条件に限って支給されるケースがほとんどです。
よって、実家で世帯主である父母等と同居している従業員に対しては、支給要件に該当しないのが一般的です。
まれに世帯主である親等と「世帯分離」をして、従業員本人も「世帯主」として戸籍上届け出をすることで、住宅手当等の受給を図るケースがあります。
「持ち家の場合」「賃貸の場合」の規定例の通り「世帯主要件」+「家賃や住宅ローンの費用負担者」とすることで少なくとも「形式上の」世帯主への支給を避けることができます。
一人暮らしの場合
一人暮らしの場合、企業の社宅や独身寮に居住していない限り、支給の条件に当てはまるのが一般的です。
ただし以下の場合は、住宅手当が原則支給されません。
- 社内規定により、単身赴任者にのみ住宅手当を支給するケース
- (持ち家に居住する)世帯主である父母等が一時的に転勤等により転居し、従業員が一人暮らしになるケース
同棲している場合
同棲していても、その世帯主に対して住宅手当が支給の条件に当てはまるのが一般的です。
企業は、従業員から「住民票」に加え「賃貸借契約書」等を提出してもらい居住実態を確認します。
同棲している従業員の一方が住民記録をそのままにするケースや、世帯の諸事情により住民記録を移せないケースもあり、「賃貸借契約書」等により実状を把握できる資料が必要となるからです。
居住実態を正しく申告しないなど、不正な申告により住宅手当の支給を受けることで、のちに住宅手当の返還請求や企業が定める懲戒処分、万が一通勤災害にあった際の災害補償が受けられない等の不利益が発生する可能性があります。
対象の従業員に対しては、社内規定等と照らし合わせながら説明するのが望ましいです。
会社までの距離が条件になるケースも
通勤手当では「従業員の住居より勤務地までの距離が〇㎞を超える場合に支給する」といったように距離が条件になることが多いです。
同様に住宅手当に会社までの距離を条件にするケースも。
近年では、勤務地から〇㎞圏内に居住する従業員に支給する「近距離奨励金」や、オフィスの最寄り駅の2~3駅圏内に居住する従業員に家賃補助を実施するなどの企業も増えています。
通勤時間の短縮をすることでストレスの軽減を図り、より業務に集中できる環境を作ることが目的といわれてます。
公務員の住宅手当はどうなる?
国家公務員、地方公務員にも民間企業の住宅手当にあたる「住居手当」が存在します。
賃貸物件に居住している公務員は「家賃補助」が受けられます。
職員本人名義の持ち家に対しての手当は支給されません。
地方公務員については、一部自治体を除き、多くの自治体でいわゆる「持ち家手当」は廃止されています。
国家公務員は住居手当が16,000円~28,000円の範囲で支給されます。(※4)
なお、厚生労働省では保育士が働きやすい環境の整備をすることを目的に「保育士宿舎借り上げ支援事業」を実施し、待機児童解消を目指す市町村に対して、一人当たり月額82,000円を上限とした借り上げ費用の補助を行っています。令和4年度も引き続き実施が検討されてます。(※5)
住宅手当を廃止する企業が増えている理由
住宅手当について、企業と従業員双方にとって重要な「福利厚生制度」ととらえつつも、廃止・縮小を含めた見直しを検討する流れが増えてます。見直す理由を以下に挙げてみます。
- 企業にかかる社会保険料の負担を減らしたい。
- 住宅手当の支給条件に該当しない従業員との公平性が確保できない。
- 同一労働同一賃金(※6)により、就業規則や賃金の見直しが必要となっている。
また、正社員と非正規社員の不合理な待遇格差を解消していくのが、働き方改革関連法案の目的でもあります。
今後、住宅手当を廃止、縮小をしていくのか支給範囲を広げるのか十分に検討していく必要があります。
さいごに
住宅手当を従業員に支給する条件について、居住形態や家族分類ごとに分けて紹介しました。
持ち家と賃貸、一人暮らしやファミリー世帯、また公務員にも住宅手当があるのが分かりました。
それぞれ支給の条件が異なるため企業の担当の方は、覚えておきましょう。
さまざまなケースに対応できるよう、この記事を参考にしていただけると幸いです。
【参考資料URL】
(※1) 「企業における福利厚生施策の実態に関する調査ー企業従業員アンケート調査」独立行政法人労働政策研究・研修機構
(※2)「子育てファミリー世帯家賃助成制度」東京都豊島区
(※3)「春日部市結婚新生活支援事業」埼玉県春日部市
(※4)一般職の職員の給与に関する法律 第十一条の十人事院
(※5)「令和4年度 保育関係予算概算要求の概要」P.24保育士宿舎借り上げ支援事業厚生労働省
(※6)「同一労働同一賃金」働き方改革特設サイト の厚生労働省